インテル コッパ・イタリア優勝!なぜキヴ監督は2冠を成し遂げたのか?

イタリア

2026年5月13日、ローマ。スタディオ・オリンピコのピッチに、黒と青のユニフォームを着た選手たちが折り重なって倒れた。コッパ・イタリア決勝、ラツィオを2-0で下したその瞬間、インテルはセリエAに続く2冠を達成した。クラブにとってコッパ・イタリア10回目の優勝。タッチライン際でガッツポーズを作ったひとりの男こそ、今シーズンのすべてを象徴する存在だった。

試合は14分、ラツィオのマルシッチが自陣ゴールに押し込むオウンゴールで動いた。35分にはラウタロ・マルティネスが追加点。後半、ラツィオが反撃を試みる場面もあったが、GKホセップ・マルティネスが冷静に対処。ラツィオのシュート数はインテルを上回ったが、決定機での精度が最後まで足りなかった。インテルは試合を管理しきり、2-0のまま終わらせた。

5試合で終わるはずだった指揮官

この男、クリスティアン・キヴは今シーズン開幕前、誰もがダークホースと見ていた。前職はパルマで、しかも2025年2月から就任した13試合の経験しかない。実質的なフルシーズンはこれが初めてだ。

案の定、シーズン序盤から批判にさらされた。キヴ自身が後に告白している。「彼らは最初の5試合で私を追い出そうとしていた」と。イタリアメディアはインテルの不安定なパフォーマンスを見て「旧インテルはもう存在しない」と書いた。解任論も一部で浮上した。しかしキヴは動じなかった。「私は馬鹿じゃない。批判に流されない。ただ状況に適応しただけだ」と言い放った。

なぜインテルは2冠を獲れたのか

ここが今シーズン最大の謎であり、最大の答えでもある。

戦術的な「継承と改変」

キヴが監督就任後に最初にしたことは、前任のインザーギが作り上げた3-5-2システムを捨てなかったことだ。これは一見地味な判断に見えるが、実は非常に賢い選択だった。インテルはすでにトレブルを狙えるほどの高品質なスカッドを保持しており、前の体制で主力を失ってもいない。白紙にする必要などなかった。

ただしキヴは「そのままの3-5-2」を踏襲したわけではない。最大の変化は縦への速さだ。インザーギ体制では後方からゆっくりとビルドアップするパターンが多かったが、キヴは中盤を経由してフォワードへ直接ボールを届ける縦に速いポゼッションを採用した。守備ラインの高さも調整し、相手の出方によってハイプレス型と5-3-2のミッドブロック守備を使い分ける。状況に応じて柔軟にシステムを変えられる「戦術的な引き出しの多さ」が、シーズン後半に入って特に際立った。

ディ・マルコという”秘密兵器”

2冠達成の陰で、最も数字を残した選手を一人挙げるとすればフェデリコ・ディ・マルコだろう。この左ウイングバックが今シーズンのセリエAで記録したアシスト数は18。2004-05シーズンにアシストの記録が取られ始めて以来、セリエA史上最多記録だ。加えてゴールも6本。一人のウイングバックが生み出した24得点関与は「あの数字は異常」とコアファンの間でも語られている。インターネットにはキヴのインテルのゴールの多くがディ・マルコのクロスから生まれているというミームが溢れたが、キヴ自身は「効果的なら使い続ける。それだけだ」と開き直ってみせた。

さらに特筆すべきはセットプレーの威力だ。インテルは今シーズンのセリエAでコーナーキックから17得点を記録。これは2004-05シーズン以降のセリエAにおける単シーズン最多記録に並ぶ数字だ。決勝前日の練習でもキヴはセットプレー練習に特別な時間を割き「今朝の準備が今夜の試合を決める」と口にしていた。

ラウタロ不在でも崩れなかった理由

シーズンの最終盤、インテルは最大の試練を迎えた。エースのラウタロ・マルティネスが2月にふくらはぎの筋肉を傷め、7週間の離脱。さらに4月に復帰したばかりで再び筋肉を負傷し、スクデット決定の時期には欠場が続いた。それでもインテルは崩れなかった。

その背景にあるのは、ラウタロ不在の穴をチームで埋める仕組みが整っていたことだ。マルクス・テュラムがストライカーとして奮闘し、チャルハノールが中盤の底だけでなくビルドアップの起点としても機能した。ミランダービー敗北以降の9試合で許したゴールはわずか4本、クリーンシートは6回。この鉄壁の守備が、攻撃の停滞を補った。

そしてコッパ・イタリア決勝には、ラウタロが間に合った。35分の追加点はその象徴だ。

選手から、育成者へ。20年近いインテル人生

キヴとインテルの物語は2007年に始まる。アヤックス、ASローマを経てインテルに移籍し、モウリーニョが率いた黄金期のディフェンスラインを支えた。2010年のチャンピオンズリーグ制覇、スクデット3連覇、コッパ・イタリア2回。ヘルメットをつけてプレーし続けた象徴的な姿は、インテリスタの記憶に刻まれている。

2015年に現役を引退したキヴは、すぐにインテルのアカデミーへ戻った。U14、U17、U18と段階を踏み、2021年にはプリマヴェーラ(U19)の監督に就任。2022年、プリマヴェーラのスクデットを決める決勝でローマを2-1で破り、若い選手たちとともに喜びを爆発させた。その指導経験は足かけ6年に及ぶ。

このルートこそが、今シーズンのダブル達成を偶然ではなく必然に見せる理由だ。キヴはインテルという組織の「血液」を誰よりも理解している。クラブの戦術思想、選手個々の特性、育成から1軍まで一貫した哲学。それを外から学んだのではなく、クラブの内側で7年かけて吸収した。

2011年の決勝と、2026年の決勝

ここに、ひとつの偶然がある。

2011年1月26日、コッパ・イタリア決勝。インテルがナポリを下した試合で、キヴはPKを蹴り、ゴールに沈めた。優勝の瞬間、選手として杯を持ち上げた。

それから15年。今度は監督として、同じコッパ・イタリアを掲げた。

「選手として取ったタイトルを、監督としても取る」。言葉にすれば簡単だが、実現した人間はほとんどいない。セリエA公式は「選手と監督の両方でスクデットを獲得したのは、1930年代のカステラッツィ以来」と記録している。プリマヴェーラと1軍の両方でタイトルを獲った監督は、インテル史上インヴェルニッツィ(1960年代)以来二人目だ。コッパ・イタリアにおいても、その軌跡は唯一無二だ。

クラブが証明した「設計された後継者」

インテル会長マロッタは「キヴには長く残ってほしい」と繰り返し発言しており、契約延長交渉も進んでいる。ガゼッタ・デッロ・スポルトの報道によれば、年俸は210万ユーロ(約3億3,000万円)から300万ユーロ(約4億8,000万円)への引き上げが提示されているという(確度:中)。

このシーズン、最も「インテルらしい」と感じさせた男は、最初から「インテルの人間」だった。コッパ・イタリア優勝と2冠の夜、スタディオ・オリンピコでキヴが見上げた空は、彼の20年近くを肯定するものだったに違いない。

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