レンジャーズ戦の後半、パークヘッドに突き刺さるようなオーバーヘッドキック。マーティン・オニール監督が思わずヘンリク・ラーソンの名を口にした、あの一撃。スランプとは何だったのかと思わせる、あまりにも鮮烈な復活だった。
前田大然は今、スコットランドサッカー史上最も劇的な優勝争いの真ん中に立っている。そしてその3日後、北中米ワールドカップのメンバー発表を控えたタイミングで、また骨太のゴールを決めた。この男のセンサーは、大事な場面を嗅ぎ分けているかのようだ。
移籍破談、沈黙の17試合
今季の前田は、長い冬を経験した。
1月にダンディー・ユナイテッド戦でゴールを決めた後、17試合連続でネットを揺らせない時期が続いた。昨季は公式戦49試合で33ゴール・12アシストを記録し、リーグMVP・セルティックMVP・スコットランドPFA年間最優秀選手賞と個人賞を総なめにした選手の姿とは、かけ離れていた。
背景にあったのは、夏の移籍交渉の破談だ。前田はドイツ・ブンデスリーガのヴォルフスブルクへの移籍が土壇場で消えたとされる。オニール監督は「移籍がまとまりかけていたと思う。それが土壇場で流れたとすれば、失望するのは当然だ」と語り、スランプとの関連を示唆した。本人も「セルティックを去ろうとしていた」と認めており、残留の形になった後も気持ちの整理に時間がかかったとみられる。
2026年3月時点では、メディアから「昨季の前田はどこへ行った」と書かれるほど落ち込んでいた。それでも前田はスタメンから外れることなく戦い続けた。スランプ中も、前線から相手を追い続ける姿勢は変わらなかった。
その姿を見続けてきたオニール監督は、3月に「彼はまた必ず戻ってくる」と言い切っていた。
覚醒の合図はバイシクルキックだった
5月10日、レンジャーズとのオールドファームダービー。
前田はレンジャーズのDF陣を最初から最後まで苦しめ続け、後半53分に先制ゴールを決めた。それだけで十分だったが、57分、ゴール前で浮き球に飛び込み、右足でオーバーヘッドキックを叩き込んだ。ボールはGKバトランドの手の届かない位置に吸い込まれ、パークヘッドが爆発した。
オニール監督は試合後、「sensational、本当にsensational。2本目のゴールはout of this world(この世のものではない)だった」と絶賛した。さらに「ヘンリク・ラーソンのダービーゴールを思い起こさせる」とも加えた。2004年以来のレジェンドと比較されるほどのゴールだった。
レンジャーズ戦でこそ4試合6ゴールという爆発的な状態に達したが、前田自身は今年3月の段階で「好調の理由はひとつあるが、まだ言えない。1〜2カ月後には話せると思う」と謎めいたコメントを残していた。今振り返れば、あの言葉はすでに自分の中で何かが変わり始めていたことを示していたのかもしれない。
99分の奇跡、そして天王山へ
5月13日、マザーウェル戦。セルティックはこの試合に勝てば最終節を天王山にできる。負ければ、ほぼ終わりを意味した。
試合はマザーウェルに主導権を握られ、17分に先制を許す。それでも前田は41分、相手守備の間隙を縫って同点弾を決めた。後半にニグレンが逆転し、一時は2-1とリードしたが、85分に追いつかれた。
2-2のまま試合終了かと思われた90+9分。VARが介入し、ハンドの反則が認定されてPKが与えられた。この判定をめぐってはハーツのマクインズ監督が「disgusting(最低だ)」と激怒し、英国メディアでも激論が起きた。PKはイヘアナチョが沈め、3-2。そして土壇場の最終節が生まれた。
この日の前田のゴールがなければ、そもそも逆転PK劇の舞台すら整っていなかった。
現在の順位はハーツが勝ち点80で首位、セルティックが79で2位。最終節(5月17日、セルティックパーク)でセルティックが勝てばリーグ5連覇。ハーツは引き分け以上なら、1960年以来66年ぶりの優勝が決まる。アレックス・ファーガソン率いるアバディーンが優勝した1984-85シーズン以来、旧来の強豪2クラブ以外では最長ブランクを誇るハーツの悲願だ。
前田が最終節に出場すれば、そのゴールがスコットランドの歴史を塗り替えるかもしれない。あるいはハーツの夢を打ち砕く側に立つかもしれない。
W杯前夜の前田大然
日本代表のW杯メンバーは、5月15日に発表される。
カタール大会での前田は、スペイン戦で62分間に62回のスプリントを記録し、クロアチア戦では先制ゴールを決めた。BBC選出の「W杯ベスト11」に名を連ねたほど、その大会での貢献は広く認められた。前線からの守備と走力は日本代表にとって代えがたい武器であり、今大会でも主要メディアは前田をメンバー入り濃厚と予想している。
ただ、前田がW杯でどこまで存在感を示せるかは、クラブでの状態に直結する。カタールでの前田は、セルティックで絶好調だった時期を経て大会に臨んだ。今季も終盤に同じような流れを取り戻しつつある。
4月から5月にかけての前田は、もはや昨季の前田に見える。
最終節の天王山で、どんなゴールを決めるのか。その場面が北中米W杯につながる序章になるとしたら、前田大然の今シーズンは、誰も予想しなかった形で締まることになる。
