スパーズの最大の敵は、相手チームではなかった。
2026年5月3日、ヴィラ・パーク。コナー・ギャラガーが右足を振り抜いた瞬間、その場にいたスパーズファンはかつてないほど混乱した声援を送った。喜びなのか安堵なのか、怒りなのか涙なのか、自分でも判断がつかないような、そんな感情だったに違いない。スパーズが、勝った。
ヴィラ戦でスパーズが見せた「別のチーム」
試合は開始直後から、今季とは別物のチームが動いていた。プレスに連動性があり、ボールを失った瞬間の切り替えが速く、選手それぞれが「どこに走ればいい」を分かっていた。12分、ロングスローのこぼれ球にギャラガーが反応してリリーホワイトのユニフォームで初ゴール。25分、マティス・テルからのクロスをリシャルリソンが頭で押し込み2-0。前半はヴィラに1本のシュートすら打たせなかった。
後半もスパーズは落ち着いていた。アディショナルタイムにエミリアーノ・ブエンディアの一発で1点を返されたが、それはヴィラの唯一の輝きだった。xGはスパーズ1.03、ヴィラ0.31。完勝だった。リーグ戦18位圏外脱出、ウェストハムを勝ち点で逆転し、残り3試合で自力残留が見えてきた。
2026年のスパーズを蝕んでいたもの
ただ、このヴィラ戦の意味を理解するには、ここ数ヶ月のスパーズを知らなければならない。2026年に入ったスパーズは、プレミアリーグで勝てなかった。長期間にわたって勝利なし。0勝、0勝、0勝と続いた。3月にはホームでノッティンガム・フォレストに0-3。サンダーランドにもアウェーで0-1。チームとファンの心は、少しずつ、しかし確実に壊れていった。
問題の本質は、スタッツが示している。今シーズン、スパーズがリードしながら失った勝ち点は17ポイント。プレミアリーグ8番目に多い数字だ。勝てていたはずの試合を、スパーズは何度も手放してきた。追いつかれた瞬間に足が止まる。失点した瞬間に俯く。「このまま負けるかもしれない」という予感が、自らを予言通りに動かしてきた。
「内なる声を黙らせろ」デ・ゼルビが見抜いた本質
3月に3人目の監督として就任したロベルト・デ・ゼルビは、まず戦術よりもメンタルに着手した。「サンダーランド戦の後、自分の仕事は戦術よりメンタルだと悟った」と語り、ブライトン戦(2-2ドロー)後にはこう言い切った。「メンタリティを変えることが最も重要な部分だ。自分がここにいるのは残留を信じているから」。
ヴィラ戦前日の記者会見での言葉は、より直接的だった。「今、私たちが直面している最大の挑戦は、選手の内なる声、スタッフの内なる声、ファンの内なる声を黙らせることだ」。ネガティブな思考が、このチームを壊しつつある。デ・ゼルビはそう診断した。
クラブがLinkedInに出した異例の求人
そして4月下旬、スパーズは前代未聞の行動に出た。男子トップチーム向けに「リード・パフォーマンス・サイコロジスト」の求人をLinkedInに掲載したのだ。BBCやThe Telegraphが相次いで報道し、サッカー界に衝撃を与えた。
求人票にはこう書かれていた。「このポジションには、選手との信頼構築に長け、プレミアリーグのレベルで期待される高い職業的水準を維持できる、信用性があり、慎重で、きわめて有能な実践者を求める」。プレミアリーグのクラブが公式の求人票で「選手の精神的サポート」を最優先課題として掲げた。これは単なる人事ではなく、クラブが精神的危機を公式に認めたサインだった。
残り3試合の生存ルート
現時点でのスパーズの立ち位置を整理する。残り3試合、勝ち点34。17位ウェストハムとは勝ち点1差、16位ノッティンガム・フォレストとは2点差。
スパーズの残り3試合はリーズ(ホーム)、チェルシー(アウェー)、エヴァートン(ホーム)。決して楽ではないが、「全勝」という可能性は消えていない。一方、ウェストハムはアーセナル(ホーム)、ニューカッスル(アウェー)、リーズ(ホーム)というスケジュールで、上位クラブとの対戦が続く。ヴィラ戦の勝利によって、スパーズは「自らの命運を自らの手に取り戻した」。
呪いは解けたのか
ヴィラ戦の試合後、スパーズファンのSubredditには186のコメントが積み上がった。圧倒的に多かったのは「ゲームプランが明確だった。選手たちが走りきった。今シーズン初めて見た光景だ」という声だった。それと同時に、元監督トーマス・フランクへの怒りのコメントも飛び交った。怒りも喜びも同居するファンの混沌は、このクラブが今どれほど傷ついているかを物語っている。
デ・ゼルビは、勝利した後も浮かれなかった。「残り3試合、まだ何も終わっていない」と言い続けるだろう。「内なる声を黙らせろ」という言葉は、選手へのメッセージではなく、クラブ全体への処方箋だ。
求人票が示したように、スパーズが今必要としているのは補強でも金でも戦術でもない。自分たちを信じ続ける力だ。残り3試合、それが本当に身についたかどうかが問われる。

