シントトロイデンが宿敵を2-0で粉砕
4月23日、ベルギー・ジュピラー・プロリーグのプレーオフ第4節。ダイオーわさびスタイエンスタジアムに集まったサポーターが目撃したのは、単なる2-0の勝利ではなかった。
シントトロイデン(STVV)が相手にしたのは、ベルギーが誇る名門RSCアンデルレヒト。国内リーグ優勝34回を誇るビッグクラブだ。前半はスコアレスで折り返し、ゲームが動いたのは75分。MF伊藤涼太郎のアシストを受けたFW後藤啓介が冷静にゴールを流し込み、均衡を破った。そしてアディショナルタイム90+2分、ライアン・メルレンが追加点を奪い試合を決定づけた。
これでSTVVはプレーオフ4節を終えて19勝4分11敗・33ポイント。対するアンデルレヒトは14勝8分12敗・28ポイントと、STVVに5ポイント差をつけられている状況だ。
後藤啓介、古巣への75分の「回答」
この試合で特別な意味を持ったのが、後藤啓介のゴールだ。後藤はアンデルレヒトからSTVVにレンタル移籍中の選手——つまり、古巣を相手に、古巣に所属しながら得点を決めた格好になる。
ゴールのシーンを振り返る。75分、伊藤涼太郎(同じくSTVVに在籍する日本人MF)がボールを配給し、後藤が受けてフィニッシュ。「日本人コンビ」が古巣のゴールをこじ開けた。後藤自身はこの試合に先発フル出場しており、終始アンデルレヒトのDFラインに圧力をかけ続けた。
古巣との対戦でゴールを決めた選手の振る舞いは、サッカーファンが必ず注目するポイントだ。欧州では古巣へのゴールセレブレーションを自粛する”不文律”もある。後藤が75分にネットを揺らした瞬間、スタジアムはどんな空気に包まれたのか。それはスタッツには映らない、この試合最大の見どころでもあった。
今季の数字が語る「本物の証明」
後藤啓介、20歳。2025-26シーズンの公式戦成績は、ここまで11ゴール。
数字だけ見ても十分すぎるほどだが、この重みをもう少し丁寧に読み解く必要がある。ベルギー・プロリーグは欧州5大リーグには及ばないとはいえ、UEFAランキングで安定して上位を維持する競争力の高いリーグだ。そこで20歳がシーズン通算11ゴールを決めるのは、決して「まあそれなりに活躍した」では済まされない話である。
2026年2月の時点で得点ランキングトップに立ち、Xでは海外アカウントが「20歳でリーグ10ゴール5アシストは驚異的」と世界に向けて発信した。 欧州メディアは今季の後藤を「欧州有望株トップ10」に選出している。 日本の速報メディアが「後藤、今日もゴール」と伝える裏で、海外のサッカーコミュニティはもうとっくに「この選手は本物だ」という結論を出していた。
なぜアンデルレヒトは後藤を手放したのか
ここが、この物語の核心になる問いだ。
後藤啓介がアンデルレヒトに完全移籍したのは2024年12月。移籍金はわずか110万ユーロ(約1億8000万円)だった。 ジュビロ磐田でJ2リーグ高校3年生ながら33試合7得点を記録した逸材を、アンデルレヒトは”格安”で手に入れた。
ところが、完全移籍後わずか7ヶ月でアンデルレヒトは後藤をSTVVへレンタルに出す判断を下す。2025年7月のことだ。アンデルレヒト公式のリリースには「買取オプションなし」と明記されていた。 クラブとしては「半年で返ってくる」前提のレンタルだった。
しかし蓋を開けてみれば、後藤はSTVVで大爆発。ベルギーメディアや欧州サッカーコミュニティからは「アンデルレヒトがレンタルに出したのは完全な失敗だった」という声が上がった。 ベルギーのファンからも「なぜ彼を起用しなかったのか、当時から疑問だった」との声が聞かれ、「あのクラブが判断を誤るのは今回が初めてではない」と痛烈に批判された。
アンデルレヒト自身はこのプレーオフで14勝8分12敗と振るわず、STVVに5ポイント差をつけられている。 育てた選手に古巣を倒される——サッカーにおける最大の皮肉のひとつが、この夜、ベルギーの小都市で起きた。
110万ユーロが33億円になるまで
では今の後藤の価値はいくらか。
TransferFeedの2026年2月の報道によると、アンデルレヒトは後藤の売却に際して1500万〜2000万ユーロ(約25〜33億円)の移籍金を要求する意向とされている。 1年ちょっと前に支払った完全移籍金110万ユーロと比較すれば、その差は実に14〜18倍だ。
プレミアリーグとブンデスリーガの複数クラブが後藤に関心を持っているとも報じられており(確度:中)、後藤自身はブンデスリーガへの移籍、もしくはアンデルレヒトへの復帰を選択肢として考えているという情報もある(確度:中)。 アンデルレヒトとの契約は2028年まで残っており、クラブ側は強い交渉力を持っている。
「レンタルに出す」という判断は、クラブ側には出場機会確保と即戦力化の意図があった。だが結果的にそのレンタルが後藤の市場価値を14倍以上に跳ね上げ、アンデルレヒト自身が「自ら育て、自ら手放した選手に倒される」という構図を生んだ。欧州のクラブ経営でよく語られる「選手は資産」という言葉が、今この瞬間、非常にリアルな意味を持って響く。
20歳、静岡の少年が欧州を揺らす
後藤啓介は静岡県生まれ、2005年6月3日生まれの20歳(記事執筆時点)。ジュビロ磐田のスクールから9年間をかけて磨き上げたストライカーが、今やベルギーリーグの得点ランク上位に立ち、欧州5大リーグのクラブが争奪戦を繰り広げる選手になった。
磐田を旅立つ際、後藤はこう言った。「スクールから数えたら9年間お世話になったクラブを離れるのは寂しいですが、自分が決めた道なので必ず成功できるように頑張ってきます」と。 あれから2年余り。4月23日の夜、後藤はアンデルレヒトのゴールにボールを叩き込む形で、自ら選んだ道の正しさを証明した。
191cmの長身、磐田仕込みの得点感覚、そして欧州での環境が加速させた成長。 STVVでの今季は「日本人がベルギーで頑張っています」という話では終わらない。後藤啓介は今、欧州のマーケットで本格的な評価を受けるFWとして、次のステージを見据えている。
そしてこの夜、古巣を2-0で破ったその瞬間、後藤が送り出した答えはシンプルだった。「レンタルされた先で、誰よりも輝けばいい」。


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