なぜフライブルクに行く日本人は、みんな化けるのか。
4月16日深夜(日本時間17日早朝)、スペイン北西部の港町ビーゴ。敵地のスタジアムで24歳の日本人MFが2ゴールを叩き込み、クラブ史上初のELベスト4進出を決めた。試合後、ドイツの老舗スポーツ紙キッカーはこう見出しをつけた。「ユイト・スズキが主役の座を奪った」と 。
6-1。フライブルクが”敵地で壊した”夜
試合のスコアだけ見れば、セルタ・ビーゴ 1-3 フライブルク。だがこれは第2戦の数字に過ぎない。第1戦(ホーム)でも3-0と勝利していたフライブルクは、2試合合計6-1という圧倒的なスコアでスペインの強豪を粉砕し、クラブ史上初となるEUFA欧州大会ベスト4の切符を手にした 。
鈴木唯人がゴールを決めたのは前半39分と後半。特に1点目は左サイドから中央へ折り返された球をダイレクトで押し込む、迷いのない一撃だった 。フル出場で今大会通算4ゴール、今季の公式戦通算9ゴール目。数字だけを追えばそれで終わりだが、このゴールが持つ意味は、もっと大きい。
あなたは「フライブルク」というクラブを、試合結果のニュースが出るまで意識したことがあるだろうか。バイエルン・ミュンヘン、ドルトムント、レバークーゼン。ドイツ南西部の人口23万人の地方都市を本拠地とするこのクラブは、そういった”顔”ではない。それでも、日本人選手を受け取るたびに、彼らを欧州レベルに引き上げてきた。
葉山から清水、デンマーク、そしてドイツへ
神奈川県葉山町という、サーフィンと海の香りで知られる小さな町で生まれた鈴木唯人は、横浜F・マリノスの下部組織を経て、清水エスパルスに加入した 。
しかしJ1での出場機会はなかなか掴めず、フランスのRCストラスブールへ期限付き移籍する道を選ぶ 。そこでも定着しきれず清水へ戻ったが、次に選んだ舞台はデンマークだった。日本のファンには馴染みの薄いブレンビーIF。北欧の、誰もが知るわけではないクラブへの移籍は、当時ほとんど話題にならなかった。
だがそこで彼は変わった。2シーズンで21ゴール以上 。得点源として機能し、スカウトの目に止まった先がフライブルクだった。フランスで躓き、日本に戻り、デンマークに渡り、ドイツで開花する。このキャリアの”遠回り感”こそが、鈴木唯人を語る上で外せない背景だ。
実はこのルートには先人がいる。堂安律はフライブルクで1シーズン10ゴール7アシストを記録し、フランクフルトへステップアップした 。
フライブルクはなぜ日本人を使いこなせるのか
フライブルクの現監督ユリアン・シュスターは、フライブルクのOBとして現役を終え、クラブの育成組織で指導者のキャリアを積んだ後、2024年に監督就任した 。戦術的なベースは4-2-3-1で、特徴は「マン・ツー・マン・プレス」と呼ばれる守備スタイルだ。
マン・ツー・マン・プレスとは、相手選手一人ひとりに対して、自分たちの選手が個別に対応する守備のことだ。聞こえはシンプルだが、実行には高い戦術理解が必要になる。「今、どこを追うべきか」「いつプレスをかけ、いつ引くのか」を瞬時に判断し続けなければならないからだ 。
Total Football Analysisが指摘するように、フライブルクのプレスは単なる「ボール奪取のためのプレス」ではない 。相手の前進を遅らせ、無力化することを最優先とした上で、奪った後の速攻を組み合わせる。この設計の中で、最も輝くポジションが「トップ下」だ。相手の最終ラインと中盤の間に入り込み、プレスの起点にもなり、カウンターの出口にもなる。鈴木が担うのが、まさにこの役割だ。
もう一つ、見逃せない要素がある。シュスター監督は練習の中で、選手が自ら戦術を理解し、判断する時間を設けることで知られている 。「答えを教える」のではなく、「考えさせる」文化だ。日本のサッカー教育が長年大切にしてきた「真面目に学ぶ」姿勢と、この文化は相性がいい。堂安律、そして鈴木唯人。二人に共通するのは、考えながら走れる選手であることだ。
データが語る”ELで最も怖い日本人”
今季ELにおける鈴木唯人のデータを見てみよう。
出場1,533分で4ゴール(うち2ゴールは準々決勝第2戦だけで記録)。xG(期待値ゴール数)は3.71に対して実際のゴール数は4。つまり「期待以上」の結果を出し続けていることになる 。これが意味するのは、確率の高い位置でシュートを打ちながら、それを確実に決めているということだ。偶然の産物ではない。
今季の全公式戦では9ゴールを積み上げた 。フライブルクの主力MFとして、チームが欧州で勝ち上がるたびに彼のゴールは必ず存在する。海外サッカー情報をまとめるXアカウント「NoFootyNoLife」には、ドイツ人サポーターの反応が何度も投稿されてきた。「とてつもない」「バケモンだ」という言葉が、今季だけで複数回並んでいる 。
日本のメディアはいまだに鈴木を「期待の若手」と語る傾向がある。だが海外では、すでに現在進行形の実力者として評価が固まりつつある。
海外サポーターが気づいた”新しい日本人像”
注目すべき反応が、Xに投稿された一文にある。「日本人がUEFA三大大会のすべてでベスト4に進出した」。UCLでは伊藤洋輝(バイエルン・ミュンヘン)、ELでは鈴木唯人(フライブルク)、ECLでは鎌田大地(クリスタル・パレス)。この投稿は英語圏のサッカーファンに広く拡散し、「日本人選手が欧州全体を席巻している」という驚きとともに受け取られた 。
日本のメディアはこの”三冠制覇的状況”をほとんど報じていない。欧州のファンが気づいている事実を、日本のファンが知らないまま終わるのはもったいなさすぎる。
海外では鈴木を「フライブルクのシステムの産物」と見る視点は少ない。むしろ「自分で戦術を操作できる選手」として語られ始めている。これは単なる評価の違いではなく、鈴木唯人という選手の本質を指している。
準決勝の相手はブラガ。舞台はW杯前最後の欧州決戦
準決勝の相手は、レアル・ベティスに4-2で逆転勝利を収めたブラガ(ポルトガル)に決まった 。第1戦は4月24日、フライブルクのホームで行われる。
ブラガはポルトガルリーグで安定して上位に位置するクラブだが、欧州の舞台ではフライブルクほどの知名度はない。戦術的にはコンパクトな4-4-2をベースに、セカンドボール争いを制するフィジカルサッカーが得意だ。鈴木が最も機能する「ライン間でボールを引き出す動き」に対して、ブラガの守備陣がどう対応するかが焦点になる。
そして、この試合には別の意味もある。2026年FIFA W杯は今夏開幕予定だ。森保ジャパンの主力として招集が有力視される鈴木唯人にとって、このEL準決勝はW杯直前の”最後の舞台”になる可能性が高い。ELで世界に証明してから、W杯に乗り込む。これ以上ないシナリオが、今現実のものになりつつある。
遠回りが正解だったという話
鈴木唯人の物語が教えてくれるのは、サッカーのキャリアに「一本道」などないということだ。
フランスで結果が出なかった。J1でのポジション争いに負けた。デンマークという、誰もが選ぶわけではない場所へ飛んだ。その一つひとつの選択を批判する声があったかもしれない。だが今、その全部が伏線として回収されている。
フライブルクというクラブは、そういう選手を受け入れる場所だ。華やかな経歴より、思考できるかどうかを重視する。その土台の上で、鈴木は24歳にして欧州史に名前を刻みつつある。
次にフライブルクの名前を目にするとき、あなたはきっとこう思うはずだ。「また日本人が化けた」と。そしてその”化け方”の理由は、もう偶然ではないと。


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