三苫薫の利き足は右だ。それでも左足でトップコーナーを射抜いた。しかも逆足でのダイレクトボレー。緊急出場からわずか25分後のことである。
2026年4月18日、プレミアリーグ第33節。トッテナムのホームで、ブライトンのウィンガーはまた「説明のつかない」ゴールを決めた。世界中のファンが画面の前で同じ言葉を口にした。「なぜ入るんだ」と。
前半20分からの緊急登板で見事な結果を残した
試合が動いたのは前半20分だった。ブライトンのディエゴ・ゴメスがジャンプの着地で負傷し、ピッチを離れた。代わりにベンチを立ったのが三苫薫だった。計画的なターンオーバーではない。監督ヒュルツェラーにとっても想定外の早い投入だった。
三苫自身、このところコンディションが万全ではなかった。2025年9月末から断続的に足首の痛みを抱え、今季は先発を外れる試合が続いていた。3月のサンダーランド戦前にも痛みが再悪化し、「スキャンに問題はないが、痛みのマネジメントが課題」とヒュルツェラーが明かしていたほどだ。そんな状態での前半20分からの出場だった。
それでも彼はピッチで「別の試合」をした。前半45分を過ぎたアディショナルタイム、パスカル・グロスが右サイドから精度の高いクロスを送り込んだ。ボックス内の左に走り込んでいた三苫が左足を一閃。ボールはトップコーナーへ吸い込まれた。出場からおよそ25分後のことだった。
敵将の「頭を抱えた理由」
この試合には特別な感情的文脈があった。トッテナムの指揮官、ロベルト・デ・ゼルビだ。2022年10月から2024年6月までブライトンを率いた、三苫の前監督である。
試合前、デ・ゼルビはピッチ上でバレバや三苫と長く抱擁を交わした。指揮官と教え子の再会だ。それが90分後、教え子のゴールで古巣に同点を奪われる展開になるとは、デ・ゼルビ自身も想像していなかったはずだ。いや、していたかもしれない。試合後の記者会見で彼はこう語った。「Mitoma was incredible(ミトマは信じられなかった)」。育てた者が最も正確にその凄さを知っている。その一言が全てを物語っていた。
あなたがもし数年かけて育てた選手に、大事な試合で決められたとしたら、どんな気持ちになるだろうか。それがデ・ゼルビの表情に滲んでいた。
右利きが、なぜ左足で決められるのか
ここが本題だ。三苫薫の公式登録上の利き足は右である。EA Sports FC、Transfermarkt、FotMobのいずれも右足と記載している。つまりあのボレーは、厳密には「逆足」での一撃だった。
なぜ右利きの選手が、逆足で、ダイレクトボレーで、トップコーナーを正確に狙えるのか。
まず前提として、三苫は左ウィンガーとしてキャリアのほぼ全てを過ごしてきた。左サイドでプレーし続けるということは、左足でのトラップ、左足でのクロス、左足でのシュートを何千回、何万回と繰り返すということだ。毎試合、利き足ではない左足を使い続けることで、左足は「準利き足」として機能するようになる。スポーツ科学の文脈では「非優位肢の習熟」と呼ばれる現象で、繰り返しの訓練によって非利き足でも精度の高い動作が可能になることが知られている。
さらにルーツをたどると、川崎フロンターレの育成が浮かび上がる。風間八宏前監督(現・名古屋グランパス監督)が川崎で徹底したのは「止める・蹴る」の技術の両足均等使用だ。三苫がフロンターレの育成から大学、そしてトップチームへと進んだ年代は、まさにこの技術思想が色濃く浸透していた時期である。「どちらの足でも正確に蹴れること」が当たり前の基準として求められた環境が、今のプレースタイルの下地を作った。
そしてもう一つ見逃せないのが、ゴールシーンでの「体の設計」だ。あのボレーを改めて見直してほしい。三苫はボックスへの入り方の段階で、すでに体の向きと重心をクロスに合わせている。体が横を向いたまま、左足をフルスイングできる姿勢を自然に作っていた。偶然の産物ではなく、何年もかけて体に染み込んだ動作の必然だ。
BIG6全クラブ制覇、その「地図」を描く
このゴールには、もう一つの意味があった。三苫はこれでプレミアリーグのBIG6、つまりマンチェスター・シティ、アーセナル、リバプール、チェルシー、マンチェスター・ユナイテッド、トッテナムの全クラブに対してゴールを記録した日本人初の選手となった。
その歴史を時系列で振り返ると、こうなる。最初の相手はアーセナル、2022年12月31日のことだ。続いてリバプール(2023年1月)、チェルシー(2025年9月27日)、マンチェスター・シティ(2026年1月7日)、マンチェスター・ユナイテッド(2026年1月11日、FAカップ)、そしてトッテナム(2026年4月18日)。約3年半かけて完成した「地図」だ。なお、マンUへのゴールはリーグ戦ではなくFAカップでの記録であることは正直に付け加えておく。
単なる数字の積み上げではない。それぞれの試合で、それぞれの文脈があった。今回のトッテナム戦ゴールが特別なのは、緊急出場・逆足・アディショナルタイムという三重の「困難な条件」が重なったうえでの一撃だったからだ。
世界のファンが感じた「共通のもどかしさ」
試合後、SNSには世界中のファンのコメントが溢れた。「KAORU MITOMA, ARE YOU SERIOUS?」(433公式インスタグラム)、「absolutely ridiculous volley(バカみたいなボレーだ)」(Insider Football)。驚きの声は国境を越えた。
Redditのブライトンファンコミュニティ(r/BrightonHoveAlbion)には今季こんなスレが立っている。「It’s a genuine tragedy that Mitoma is so good sometimes(三苫がこんなに凄いのは、時として悲劇的だ)」。一見奇妙なタイトルに見えるが、コメントを読めばすぐ意味がわかる。スタメンで使われないにもかかわらず、出た途端にゲームを変えてしまう。なぜフルで使わないのか、という世界共通の「もどかしさ」の表現だ。
r/soccerのマッチスレッドでも「Why wasn’t Mitoma starting? He always looks like Brighton’s best player(なんで三苫がスタメンじゃないんだ。いつも一番良く見える)」という声が続いた。ヒュルツェラーの起用法への疑問は、ブライトンファンだけでなくプレミアリーグ全体のファンが共有している感覚だ。
あなたも「また途中出場か」と思った瞬間があったのではないか。それは世界中で起きていた。
試合後の「もう一つの心配」
試合の喜びと同時に、別の感情も広がっていた。三苫は後半途中、試合中の接触プレーによる打撲(knock)でピッチを離れた。慢性的な足首問題の悪化ではなく、あくまで接触による予防的な交代だったが、Xでは日本語・英語を問わず「W杯まで2ヶ月しかない」という声が溢れた。
2026年W杯北中米大会の開幕まで、残り約2ヶ月。日本代表にとって三苫薫は間違いなく中心選手の一人だ。あのゴールへの歓喜と、交代シーンへの不安が、まったく同じ夜に同居していた。それがこの試合の、もう一つのリアルな感情だった。
「スーパーサブ」では足りない
デ・ゼルビは言った。「Mitoma was incredible」と。
三苫の利き足は右だ。なのに左足で決めた。緊急出場だった。それでも決めた。アディショナルタイムだった。それでも決めた。
「スーパーサブ」という言葉は、本来、試合を変える切り札への賛辞だ。ただ三苫薫に使うには、少し手狭な気がしている。彼はベンチにいようが、足首に痛みを抱えていようが、どの足を使おうが、ピッチに立った瞬間から別の試合をしている。
右利きの選手が逆足でトップコーナーを射抜く。その「なぜ」に答えるとすれば、川崎での育成、左ウィンガーとしての何万回もの反復、そして体に刻まれた姿勢設計の積み重ね、ということになる。偶然ではなく、必然だ。
次の試合も、もしかしたらベンチスタートかもしれない。それでも見逃せない理由が、あのボレーには詰まっている。


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