コーナーキックから今季16ゴール。プレミアリーグ記録に並ぶ数字を誇るチームが、ホームでブーイングを浴びながらピッチを去った。
2026年4月11日、エミレーツ・スタジアム。アーセナルはボーンマスに1-2で敗れた。スコアの数字だけ見れば「悔しい1敗」だ。だがこの試合が残した問いは、もっと根深いところにある。なぜアーセナルは、セットプレーという最強の武器を持ちながら、「普通のサッカー」をしてきたボーンマスに崩されたのか。
74分、アレックス・スコットのゴールが決まった瞬間、スタジアムの空気が変わった。怒りとも失望ともつかない沈黙が広がり、そして試合終了のホイッスルとともにブーイングが起きた。アルテタは試合後の記者会見でこう言った。「顔面に大きなパンチを食らった。立ち上がってファイトするか、諦めるかだ」 。その表情に余裕はなかった。
「16ゴール」の光と影
まず数字を整理しよう。
今季のアーセナルはコーナーキックから16ゴールを記録している。これはプレミアリーグ史上の記録に並ぶ数字だ。1992-93年のオールダム、2016-17年のウェスト・ブロム、そして自ら保持していた2023-24年の記録と並ぶ偉業で、しかも今季はまだ試合が残っている段階で到達した 。セットプレー全体(フリーキック含む)では全コンペティションで32ゴール、そのうちコーナーだけで24ゴールという圧倒的な数字が並ぶ 。
ここだけ読めば「最強の武器を持つチーム」に見える。ところが別のデータを見ると、全く違う景色が広がってくる。
オープンプレー、つまり流れの中からの得点ランキングで、アーセナルはリーグ17位だ 。20チームのうち17番目。首位争いをしているチームとは到底思えない順位である。これが何を意味するのか。「セットプレーさえあれば点が取れる」という設計で今季を戦っているということだ。そしてボーンマス戦は、その設計の限界が露わになった90分だった。
あなたが今季のアーセナルの試合を見ていて「なんか崩せてないな」と感じていたなら、その直感は正しい。
“コーナーの神様”ジョヴェールの功績と代償
このセットプレー革命の立役者が、コーチのニコラ・ジョヴェールだ。
ジョヴェールが2021年にアーセナルに加入する前、チームのセットプレーからの得点は年間わずか6ゴール、全得点の11%に過ぎなかった。彼が就任した翌シーズン、その数字は一気に16ゴール・26%まで跳ね上がった 。緻密なデータ分析に基づいたコーナールーティン、選手の身長と動き出しのタイミングを計算した「設計されたセットプレー」は、プレミアリーグに革命をもたらした。
そのジョヴェールが、ゴールが決まるたびにボーナスを受け取る契約を結んでいるという報道がある 。これはThe Timesが3月に報じた内容で、確度は高いとみられる。天才コーチへの報酬として理に適った仕組みに見えるが、一方でこの契約設計は「チームがセットプレーに価値を置けば置くほど、ジョヴェールの影響力が増す」という構造を生み出す。善意の仕組みが、結果として特定の戦術への依存を強化するインセンティブになり得る。これは日本のメディアがほとんど取り上げていない視点だ。
ボーンマス戦の解剖
では実際に何が起きたのか。試合を解剖しよう。
ボーンマスは5-4-1の守備ブロックを組み、アーセナルのウィンガーへのパスコースを徹底的に消した。アーセナルがボールを持ってもサイドに展開できず、中央での窮屈なパス交換が続く展開。自然と前進の手段はなくなり、ファウルを誘って「セットプレーを獲得する」というルートに傾いていった。これは意図的な戦術ではなく、「崩せないからセットプレーに頼る」という後退的な依存だ。
後半、アルテタは大胆な3枚替えを敢行した。エゼ、マックス・ダウマン(16歳)、トロサールを同時投入し、流れを変えようとした 。しかし攻撃の形は作れなかった。3人が入ったことで連携のテンポが崩れ、むしろ守備の安定感が失われる場面もあった。ビッグチャンスと呼べる場面はほぼ生まれなかった。
ここで重要な問いがある。アーセナルは「オープンプレーで崩す形」を今季どれだけ練習してきたのか。セットプレーに革命的な時間と資源を投じた一方で、流れの中のコンビネーションプレーは二の次になっていなかったか。Total Football Analysisはシーズン序盤からこの傾向を指摘していた。「最終的にウィンガーの個人能力に依存しており、組織的なオープンプレー崩しの設計が弱い」と 。
試合を見ていたファンが「なんか怖さがない」と感じた瞬間は、この構造的問題が表面化していた瞬間だった。
海外ファンの「本音」
日本のメディアが「アーセナルの失速」と報じる中、海外のファンはもっと辛辣だ。
RedditのPremierLeagueサブレディットには、こんな声が溢れていた。「アーセナルがチョーク(大事な場面で崩れること)するとは思っていたが、よりによってボーンマスにやられるとは。でもなぜか納得している」。別のユーザーはこう書いた。「アルテタは”正しくやろうとしすぎる”監督だ。プレッシャーがかかると逆に何もできなくなる」 。
辛辣ではあるが、的外れではない。アルテタは試合前、サポーターに「朝食・昼食・夕食を全力で持ってきてくれ」と発言し、サポーターに最高のエネルギーを求めていた 。その言葉がプレッシャーとして選手にも伝わった可能性を、ESPN Africaの記事は示唆している 。言葉が重圧を増幅させたとするなら、「采配の失敗」よりも「マネジメントの失敗」という視点で試合を読む必要がある。
また、Reutersが3月に報じた内容も見逃せない。対戦相手の監督たちがコーナーキックの時間のかけすぎを批判した際、アルテタは「批判を気にしない」と一蹴した 。その姿勢自体は芯の強さとも読めるが、外からの指摘を遮断する習性が、戦術的な盲点を見えにくくしているという見方もできる。
「また届かない」というパターン
アーセナルが最後にプレミアリーグを制覇したのは2003-04年、「インヴィンシブルズ」と呼ばれた無敗優勝の年だ。それから22年、クラブはタイトルの重さを知らないまま時間を重ねてきた。
アルテタ体制になってからも「もう一歩」が続いている。セットプレー革命、データ分析の徹底、選手補強の成功。やるべきことはほぼ全てやっている。にもかかわらず、毎シーズン同じような場面でつまずく。2024-25年も最終盤での失速があった。そして今季も、首位にいながらボーンマスという「格下」に足をすくわれた。
「またか」と感じているアーセナルファンへ。あなたの感覚は間違っていない。このチームには間違いなく力がある。ただ、その力を100%引き出す「型」がまだ完成していないのかもしれない。
首位のポジションはまだ保っている。残り試合での巻き返しは十分に可能だ。しかしボーンマス戦が証明したのは、セットプレーという武器が「盾」にも「枷」にもなり得るという事実だ。コーナーキックが決まらなかった試合で、アーセナルは相手を崩す別の答えをまだ持っていない。
残された問い
アルテタは言った。「立ち上がってファイトするか、諦めるかだ」 。
その言葉はおそらく本心だろう。しかし問われているのは精神論ではなく、戦術論だ。残り試合、アーセナルはオープンプレーで相手を崩す手段を持てるのか。ジョヴェールのセットプレー革命は偉大だった。だがプレミアリーグのタイトルは、コーナーキックだけでは届かない場所にある。
今週、次の重要な試合が待っている。アルテタが「大きなものが懸かっている」と強調したその一戦で、アーセナルは何を見せるのか。答えは、ピッチの上でしか出ない。


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