2026年4月18日、セビリア。PK戦を制してコパ・デル・レイを掲げたレアル・ソシエダの輪の中に、久保建英の姿があった。プロ10年目で、初めての銀色のトロフィーだった。
試合後、久保はこう語ったと海外メディアが伝えている。「初タイトルだ。嬉しい。重要な試合で何度も負けてきたが、今日は勝てた。自信になる。次のステップに進む推進力になる」
「次のステップ」。
この一言が、欧州の移籍市場や日本のファンの心を静かに揺らしている。
プロ10年目の初タイトル、その舞台裏
コパ・デル・レイ決勝、対戦相手はアトレティコ・マドリー。エスタディオ・デ・ラ・カルトゥハでの120分は2-2で決着がつかず、PK戦にもつれ込んだ。ソシエダのGKウナイ・マレロが2本を止め、最後にパブロ・マリンが決めて4-3。クラブにとって5年ぶり、4度目のコパ戴冠だった。
久保は88分から途中出場した。延長戦では鋭いドリブルとスルーパスで決定機を演出している。ゴールも、アシストも、スコアシートには残らなかった。それでも彼のキャリアは、この90分間で大きく動いた。
注目すべきは、決勝までの道のりだ。久保は1月中旬に筋肉の断裂で離脱し、3月の日本代表招集を辞退。森保ジャパンの欧州遠征には向かわず、サン・セバスティアンでリハビリに専念した選択だった。
現地で伝えられたところによると、ペレグリーノ・マタラッソ監督は久保の姿勢を高く評価していたという。チーム一丸となった空気の中で、久保はカップ決勝に間に合わせた。
本人の言葉を読み返したい。「次のステップに進む推進力になる」。
その「次のステップ」が、セビリアからノースロンドンを向いているのかもしれない。
なぜトッテナムが”本命”なのか
スペインメディア『Diario AS』が2026年3月末の時点で、久保の移籍先として「直近で最も興味を示したクラブはトッテナム・ホットスパー」と報じた。
そして4月14日、スペイン『Fichajes』がさらに踏み込んだ報道を出す。トッテナムが今夏、3400万〜4300万ポンド(約65〜85億円)のオファーをソシエダに提出する準備を進めているというのだ。
ただし、これにはひとつ条件がある。トッテナムがプレミアリーグに残留すれば、の話だ。
なぜトッテナムなのか。理由は三つある。
ひとつは、久保本人の意向。シーズン序盤、ソシエダが低迷していた時期、久保はチームの方向性に不満を抱いていたと『Diario AS』は伝えている。プレミアリーグ移籍への憧れは、以前から繰り返し報じられてきた話題だ。
ふたつ目は、トッテナムの補強ニーズ。攻撃陣のクリエイティブ不足は長らく指摘されてきた課題で、右サイドでも中央でもプレーできる久保の万能性は監督陣の好みと合致する。
三つ目は、ソシエダ側の台所事情だ。クラブOBのビシオ・ゴリスは、スペインのラジオ局COPEでこう語っている。議論の余地はない、もしトッテナムが6000万ユーロを払うなら非常に良いオファーだ、と。悔しいのは満額が手元に残らず、半分しか受け取れないことだ、とも付け加えた。
ゴリスの言葉には、クラブが抱える構造的な問題が見え隠れする。
6000万ユーロの行方──レアル・マドリーが笑う”50%条項”
ここで「セルオン条項」について説明しておきたい。セルオン条項とは、選手を売却したクラブが、その選手が次のクラブに移籍した際に発生する移籍金の一部を受け取る権利のことだ。レアル・マドリーは2022年7月に久保をソシエダへ売却する際、この条項を契約に盛り込んだ。
久保の契約には6000万ユーロ(約100億円)の違約金が設定されている。仮にトッテナムが違約金を全額支払った場合、マドリーは売却益の50%——つまり3000万ユーロ(約50億円)——を受け取る。ソシエダの手元に残るのも、同じく3000万ユーロだ。
さらに『Marca』の報道によれば、この条項には期限がある。2027年夏までにソシエダが久保を売却した場合、マドリーが50%を手にする。
つまり今夏のウィンドウは、マドリーにとって「笑って待つだけで約50億円が転がり込む」タイミングなのだ。皮肉な話だが、この条項こそがソシエダ側の売却インセンティブを下げている要因でもある。ゴリスの「悔しい」という言葉には、実直な本音が滲んでいる。
久保のトランスファーは、トッテナムとソシエダの二者だけの話ではない。三者の利害が絡む、複雑な連立方程式なのだ。
消えたリバプール──”サラーと被る”という不都合な真実
2025年夏までは、久保の移籍先候補の筆頭はリバプールだった。そのリバプールが、静かに撤退している。
理由を伝えたのは、またしても『Fichajes』だ。2025年5月末の報道で、リバプールが久保獲得レースから離脱したと報じられている。
その根拠は、冷徹な計算に基づいていた。
ひとつは成績だ。リバプールが撤退判断を下した2024-25シーズン、久保の全コンペ通算成績は7ゴール2アシスト。5000万ポンド級の投資に見合うかと問われれば、首を縦に振りにくい数字だ。
もうひとつが、より本質的な問題だった。久保の左足で右サイドから内側に切れ込むスタイルが、モハメド・サラーのそれと酷似している、という指摘である。
スロット監督体制のリバプールは、高強度のプレスと高効率のフィニッシュを求める。冷静に考えてみてほしい。サラーが健在な中で、類似タイプを高額で補強する意味はどこにあるだろうか。ディアス、ガクポといった既存戦力との競合も避けられなかった。
リバプールファン・コミュニティの反応も、これを裏付ける形になった。とある英語圏のフォーラムには、「7ゴール2アシストでは自信を持てない」「我々は日本人エリオットを補強しようとしているようなものだ」という冷ややかな投稿が並んだ。
現地のファン感情と、クラブの経営判断が一致した格好だ。リバプールは手を引き、トッテナムとバイエルンの影が濃くなった。ただしバイエルンについては、2026年4月時点で具体的なオファー報道は確認されていない。ライトバックや中盤補強を優先する姿勢が続いている。
降格したら破談──トッテナムが抱える”前提条件”
ここで、話を根本に戻したい。トッテナムは本当に久保を獲得できるのか。
答えは、「プレミアリーグに残留すれば」という巨大な但し書きの下にある。
2026年4月18日、ブライトン戦。トッテナムは2-2で引き分け、18位の降格圏に沈んだままだった。安全圏までわずか2ポイント差、残り5試合。
事実を並べてみよう。トッテナムは2026年に入ってから、リーグ戦15試合で1勝もしていない。0勝5分9敗。クラブ史上最長の未勝利記録は1934-35年の16試合で、それに迫る勢いだ。
プレミアリーグの歴史を振り返ると、年初から15試合以上勝てなかったクラブは過去に2チームしかない。2007-08シーズンのダービー・カウンティ(18試合)と、2002-03シーズンのサンダーランド(17試合)だ。両クラブとも、その年に降格している。
トッテナムが降格すれば、1977年以来、実に49年ぶりの悪夢となる。イギリスメディア『Football365』は、予想最終順位表で「スパーズは確実に降格する」と書いた。
もしチャンピオンシップ(2部)に落ちたら、どうなるか。久保の移籍話は、ほぼ確実に破談する。これは海外メディアの見立てがほぼ一致している点だ。24歳でキャリアのピーク期を迎える選手が、わざわざ2部を選ぶ理由はどこにもない。
トッテナムは、残り5試合で自分たちの未来を決めなければならない。そしてその結果は、約6000キロ離れたサン・セバスティアンの24歳の未来も、巻き込んで揺さぶっている。
この移籍、実は誰の手にも握られていないのかもしれない。少なくとも、久保本人が最終決定権を持つ状況からは、少し遠い場所にある。
ワールドカップ、そして”次のステップ”の意味
久保自身は、自身の将来について慎重な姿勢を保ってきた。
バスクのラジオ局『Onda Cero Gipuzkoa』のインタビューで将来について問われた際、久保は「今は自分のフォーカスはワールドカップだ」と答えたと現地メディアが伝えている。2026年6月に開幕するFIFAワールドカップは、アメリカ・メキシコ・カナダの共催で行われる。
森保ジャパンは、2022年以降にドイツを2度、ブラジル、そしてイングランドを破った。日本は世界ランキング18位ながら、格上を倒し続ける稀有なチームだ。その攻撃陣の核として、久保はチームの命運を左右する存在になる。
だからこそ、彼は3月の代表遠征を辞退してまでクラブでの回復に賭けた。だからこそ、彼はコパ決勝にピッチに立った。そしてだからこそ、「次のステップ」という言葉が重みを持つ。
プロ10年目での初タイトル。6000万ユーロの値札。複雑な50%条項。降格の淵で揺れるプレミアの名門。すべてが絡み合いながら、久保建英の次の一歩を待っている。
ひとつだけ確かなことがある。この夏、彼がどこへ行くかはまだ誰にも分からない。ソシエダ残留、トッテナム移籍、別の選択肢——すべての扉が、まだ開いている。
5月末までに、その扉のいくつかが閉まる。その瞬間を、私たちは見届けることになる。


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