テルの「輝き」と「過ち」が象徴する今季のスパーズ
5月11日の夜、トッテナム・ホットスパー・スタジアムで、1人の21歳が60分足らずの間にヒーローとスケープゴートを演じた。
マティス・テルは後半開始直後の50分、コーナーキックのこぼれ球を冷静に拾い、右足でトップコーナーへ巻き込む文句なしの一撃を叩き込んだ。スタジアムが沸いた。残留争いの重圧の中で、ようやく光が見えた瞬間だった。
しかし70分、その光は自らの手で消えた。ペナルティエリア内でオーバーヘッドキックを試みたテルのスパイクが、リーズ主将エタン・アンパドゥの顔面を直撃。VAR介入の末にPKが宣告され、ドミニク・カルバート=ルーインに冷静に沈められて1-1。「なぜあんなことをしたのか、全くわからない」という海外メディアの言葉が、スパーズサポーターの気持ちを代弁していた。
ちなみに田中碧が先発出場したこの試合で、リーズは残留を確定させた。
前日(5月10日)にはウェストハムがアーセナルに0-1で敗れ、この時点でトッテナムとの差は4ポイントに開いていた。勝てば事実上の残留確定だった試合を引き分けで終えた意味は重い。
最新の順位と残り日程
まず現状を整理する。38節終了時点での順位はこうだ。
- 17位 トッテナム:勝点37(得失点差 −9)
- 18位 ウェストハム:勝点36(得失点差 −20)
19位バーンリー・20位ウルブズはすでに降格が確定。18位が3チーム目として自動降格になる。
残り試合の日程は以下のとおりだ。
トッテナム(あと2試合)
- 5月19日(火)チェルシー(アウェー・スタンフォードブリッジ)
- 5月24日(日)エバートン(ホーム・最終節)
ウェストハム(あと2試合)
- 5月17日(日)ニューカッスル(アウェー・セントジェームズパーク)
- 5月24日(日)リーズ(ホーム・最終節)
日程変更が生んだ「偶然の非対称性」
ここに、非常に重要なポイントがある。
トッテナムとチェルシーの試合は、元々5月17日(日)に予定されていた。しかしチェルシーがFAカップ決勝(5月16日)に進出したため、この試合は5月19日(火)夜に変更された。
これが何を意味するか。トッテナムは5月19日のチェルシー戦の時点で、2日前(5月17日)のウェストハムvニューカッスルの結果をすでに知っている状態で戦える。ウェストハムが勝点を積んでいれば「引き分けでは足りない」とわかってピッチに立てる。逆にウェストハムが敗れていれば「引き分けで十分」と計算できる。
偶発的な日程変更が「情報を持って戦える側」を生んだ。残留争いにおいて、これは小さくない心理的アドバンテージだ。
全シナリオを整理する
では「何が起きると残留・降格するか」を全パターンで見ていく。
【トッテナムが残留を確定させるパターン】
| トッテナムの結果 | 最終勝点 | 残留条件 |
|---|---|---|
| 2勝 | 43点 | ウェストハムの結果に関係なく無条件残留 |
| 1勝1分け | 41点 | ウェストハムが2連勝(42点)以外なら残留 |
| 1勝1敗 | 40点 | ウェストハムが2連勝(42点)以外なら残留(1勝1分け・40点は得失点差でトッテナム有利) |
| 2分け | 39点 | ウェストハムが1勝1敗(39点)以下なら残留(同点も得失点差でトッテナム有利) |
| 1分け1敗 | 38点 | ウェストハムが2分け(38点)以下なら残留(同点も得失点差でトッテナム有利) |
| 2敗 | 37点 | ウェストハムが1分け1敗(37点)以下なら残留(同点も得失点差でトッテナム有利) |
1勝1分け(41点)と1勝1敗(40点)の残留条件が同じなのは、ウェストハムが1勝1分け(40点)に終わっても得失点差でトッテナムが上回るためだ。つまりトッテナムにとって「1勝さえすれば、もう1試合は引き分けでも負けでも条件は変わらない」という構造になっている。
【ウェストハムが残留するパターン】
| ウェストハムの結果 | 最終勝点 | 残留条件 |
|---|---|---|
| 2連勝 | 42点 | トッテナムが2勝(43点)以外なら残留 |
| 1勝1分け | 40点 | トッテナムが2分け(39点)以下なら残留 |
| 1勝1敗 | 39点 | トッテナムが1分け1敗(38点)以下なら残留 |
| 2分け | 38点 | トッテナムが2敗(37点)のみ残留 |
| 1分け1敗 | 37点 | 残留不可能(同点でも得失点差で負け) |
| 2敗 | 36点 | 残留不可能 |
ウェストハムにとって最大の問題は得失点差(−20)だ。同勝点になった瞬間、トッテナム(−9)に逆転される。1分け1敗以下になった時点で数学的に残留が消える。自分たちが勝点を積むだけでなく、「トッテナムが下回る」という2条件を同時に満たさなければならない。
データはどちらに味方しているか
Optaスーパーコンピューターの予測が直近10日間でどれだけ動いたかを見ると、この残留争いの激しさが伝わる。
| 時期 | トッテナム降格確率 | ウェストハム降格確率 |
|---|---|---|
| 5月1日時点 | 59.4% | 37.3% |
| 5月5日時点 | 22.0% | 77.7% |
| 5月10日時点 | 約13〜14% | 約86〜88% |
たった10日間で主役が完全に入れ替わった。5月初旬まで「スパーズが落ちる」という空気が支配的だったが、ウェストハムの連敗とトッテナムの連勝(アストンビラ、クリスタルパレス)で状況は逆転した。
フィクスチャー難易度の観点では、チェルシーはFAカップ決勝(5月16日)の中3日で戦う。コンディション面での影響は無視できない。一方のウェストハムが当たるニューカッスルは勝点45で、UCL出場権争いが絡む試合だ。どちらの対戦相手も強い動機を持って戦ってくる。
「40点でも降格」の現実と歴史の皮肉
Optaは現時点の予測として、トッテナムが最終勝点41.35点、ウェストハムが38.57点で終わると弾いている。
プレミアリーグでは近年「36点以上あれば残留」という経験則があった。直近9シーズン、36点以上を獲得したチームはすべて残留してきた。ところが今季のウェストハムは36点に達しながら降格圏に沈んでいる。それほど下位全体が接近した、稀なシーズンだ。
さらに歴史的な皮肉がある。プレミアリーグ20クラブ制(1995年〜)において「最も多くの勝点を獲得しながら降格したチーム」の記録は42点。その記録を持つのは他でもない、ウェストハム自身(2002-03シーズン)だ。
40点超えでも降格しうる時代に、かつて42点で降格したクラブが18位にいる。サッカーの残酷さと皮肉は、いつだって現実の話だ。
5月19日と5月24日、見届けるべき理由
デ・ゼルビはかつて「選手たちは降格を恐れている」と公言した。 リーズ戦のテルの「過ち」は、その恐怖が技術的ミスとして表れた象徴だったかもしれない。
5月17日(ニューカッスルvウェストハム)、5月19日(チェルシーvトッテナム)、そして5月24日の最終節。3試合の結果が積み重なった先に、答えが出る。
どちらが落ちるか、まだ誰にもわからない。
