4月25日夜。ベルギー・リンブルフ州の小さなスタジアム「ヘット・カイプヘ」に、5人の日本人選手が集まっていた。ウェステルロー対ロイヤル・アントワープ——これはただのベルギーリーグの一戦ではない。コンフェレンスリーグ出場権を争うプレーオフの大事な第5節であり、日本人同士が敵と味方に分かれて激突した90分間だ。
坂本一彩と木村誠二と齋藤俊輔がウェステルローのユニフォームを着て、野澤大志ブランドンと綱島悠斗がアントワープのユニフォームを着た。5人全員がJリーグやJユース出身の日本人選手。それが同じピッチで、相手のゴールを狙い合っていた。
試合はアントワープが4-2で勝利したが、このスコアだけが記憶に残るべきではない。敵と味方に分かれた5人のそれぞれが、ベルギーの地でどう輝いたかこそが、本当の読みどころだ。
前半0-3、支配したのはアントワープ側の日本人
前半45分、ウェステルローは0-3という大差で折り返した。ボール支配率65%対35%、xG(ゴール期待値)は3.92対0.77という圧倒的な差がすでに生まれていた。
その試合を支配したアントワープの守備ラインに、綱島悠斗がいた。東京ヴェルディ出身、身長188cm・体重80kgの万能型センターバックだ。3バックの一角を担った綱島は、タッチ数74回、パス63本、そのうち正確なパスは60本という安定感を見せた。前がかりにならざるを得ない状況でも、後方から冷静にボールをさばき続けた。
野澤大志ブランドンはGKとして先発出場したが、アントワープが圧倒的に試合を支配したため、セーブ数は2本に留まった。この試合の守護神という意味ではウェステルローのGKユングダールの方で、20本のシュートを浴びながら8本を弾き出していた。野澤は勝利した側の”静かな守護者”として、この試合を締めた。
坂本一彩、58分の一撃が試合を変えた
前半0-3。多くのチームが諦める点差だ。しかし58分、坂本一彩がそのスコアに一石を投じた。エリア内で体を張り、ゴールを叩き込んで1-3。このゴールがウェステルローに残り30分間の息を吹き込んだ。
FotMobのこの試合のレーティングで坂本は7.5点を記録し、ウェステルロー選手の中で最高評価を得た。単にゴールを決めただけでなく、守備に追われる時間が長い中でも前線でターゲットとして機能し続けた証拠だ。坂本は今季ここまで複数得点を記録しており、2月22日の同一カード(アントワープ戦)でも後半ATに逆転弾を叩き込んでいる。アントワープとの相性は特別なものがあるかもしれない。
坂本は69分に交代でピッチを退いた。そしてその直後に、バトンを受け取った選手がいた。
齋藤俊輔、18分間で87分弾
69分。ウェステルローに複数の交代が発動した。その中の一人が、齋藤俊輔だ。試合残り21分、スコアは1-3。絶望的な状況で投入された日本人ミッドフィルダーは、しかし18分後に答えを出した。
87分、齋藤俊輔がゴールを叩き込み2-4のスコアにした。途中出場からわずか18分での得点。ピッチに立てる時間が限られる中でゴールを奪うというのは、先発で90分戦うよりも遥かに難しい。準備した動き、一瞬のスペース、判断の速さ——すべてが90分の積み上げを超えた集中力で圧縮されていた。FotMobレーティングは7.4という高評価で、齋藤はこの短い時間で試合に確かな爪痕を残した。
結果は2-4の敗戦。しかし後半にウェステルローが2点を返した事実は、坂本と齋藤なしには生まれなかった。
木村誠二、語られない先発の仕事
この試合、日本のメディアが触れていない名前がもう一つある。木村誠二だ。ウェステルローの左サイドバックとして先発出場し、アントワープの右サイド攻撃と90分間向き合った。タックル5本という数字はチームトップクラスで、相手の侵入を防ぎ続けた。
FotMobの評価は5.8と高くはないが、0-3という試合展開の中で献身的にラインを守り続けた姿は、数字には出にくい貢献だ。坂本・齋藤の得点が輝くほど、その影で戦い続けた日本人選手の存在も際立つ。
綱島悠斗と野澤大志ブランドン、勝者側の仕事
綱島悠斗は昨夏、東京ヴェルディからアントワープへ完全移籍した。プロ1年目からJ2でリーグ戦34試合、2年目のJ1でも30試合に出場し、25歳でベルギー挑戦を決断した選手だ。2026年1月にはアントワープ移籍後初ゴールも記録しており、チームへの定着は着実に進んでいる。
この試合での綱島は、パス60本・正確率95%超という数字が示す通り、3バックの土台として機能した。派手さはない。しかし試合を通じてボールを動かし続けることの難しさは、ポゼッション65%というチームの支配率に直結している。野澤大志ブランドンもGKとして試合を締め、両者がアントワープの勝利に貢献した。
なぜベルギーに日本人が集まるのか
一つのベルギーリーグの試合に、5人の日本人が出場する。これは偶然ではない。
ベルギー・プロリーグはブンデスリーガやプレミアリーグと比べて移籍費・給与コストが低く、若い選手を育てて次のリーグに売るビジネスモデルで成立している。日本人選手はこの「育成→売却」の流れに非常に合致している。技術が高く、戦術理解が早く、チームの規律を乱さない。コストパフォーマンスに優れた選手として、ベルギーのスカウトたちが日本市場に目を向ける流れは今や当然のものになりつつある。
綱島悠斗が東京ヴェルディから、坂本一彩がガンバ大阪から、木村誠二・齋藤俊輔・野澤大志ブランドンもそれぞれ異なるルートでベルギーにたどり着いた。出身も経歴も異なる5人が、同じベルギーのピッチで敵と味方に分かれた。
カンファレンスリーグという舞台の重み
この試合が行われたのは、ベルギー・プロリーグの「カンファレンスリーグ・プレーオフグループ」第5節だ。UEFAカンファレンスリーグは、チャンピオンズリーグ・ヨーロッパリーグに次ぐ第3の欧州クラブ大会。決してトップではないが、ヨーロッパの舞台に立つための重要な出場権をかけた戦いだ。
ウェステルロー(29pt・2位)とアントワープ(27pt・4位)は、このプレーオフグループで互いに近い順位にいる。欧州の舞台にたどり着けるかどうかの瀬戸際で、日本人5人が敵と味方に分かれて90分を戦い切ったのだ。
5人が示した日本サッカーの現在地
先発GKとして試合を守った野澤。3バックの要として冷静にボールをさばいた綱島。先発FWとしてビハインドの中でゴールを決めた坂本。語られない先発DFとして左サイドを走り続けた木村。そして途中出場18分でゴールを叩き込んだ齋藤。5人全員が、ピッチの上で確かに存在感を示した。
ベルギーの小さなスタジアムに観客は4,000人ほどしかいなかった。しかし4月25日のヘット・カイプヘで起きたことは、日本サッカーの地図が静かに、しかし確実に塗り替えられていることの証明だった。

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