「イタリアをイランの代わりにW杯へ出場させろ」。
この前代未聞の提案が飛び出したのは、2026年4月22日のことだ。トランプ大統領の特使パオロ・ザンポッリがFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長とトランプ本人に直接働きかけたと、英Financial Timesが報じた。予選を突破した国が出場し、敗退した国は見送る。100年以上のサッカーの歴史が積み上げてきたシンプルなルールを、政治権力がひっくり返そうとした瞬間だった。
トランプ特使・ザンポッリとは何者か
パオロ・ザンポッリ。この名前を聞いてピンとくるサッカーファンは少ないだろう。イタリア系アメリカ人で、現在のトランプ政権では「グローバル・パートナーシップ担当特使」の肩書きを持つ。しかし、FIFAやイタリア代表との公式な関係は一切ない人物だ。
それでもザンポッリはFinancial Timesの取材にはっきりと認めた。「私がトランプとインファンティーノに対し、イランをイタリアに差し替えることを提案したのは事実だ。私はイタリア人として、W杯を開催するアメリカでアッズーリが戦う姿を見たい。イタリアは4度の優勝を誇る。出場する資格は十分にある」。
これは今回が初めてではない。2022年カタールW杯の際にも、ザンポッリは国連アンバサダーの立場でインファンティーノに書簡を送り、「イランをイタリアに」と要求している。当時も完全に無視された。つまり、4年越しのリベンジ提案だ。
イタリア3大会連続不出場の現実
ザンポッリの動機は「愛国心」だと本人は言う。だがその提案の前提として、一つの不都合な事実がある。イタリアは、自分たちの力でW杯への切符を獲れなかった。
2026年W杯の欧州予選プレーオフで、イタリアはボスニア・ヘルツェゴビナに敗れ、本大会出場を逃した。2018年ロシア大会の予選敗退が「まさか」の一言で語られてから、すでに3大会連続の不出場となった。かつてW杯を4度制した国が、今やメジャートーナメント常連の顔ぶれに名を連ねられない。
セリエAの外国人選手過多による若手育成の停滞、戦術的柔軟性の欠如——これらの構造的問題は長年指摘されてきた。ザンポッリがいかに声を大にしようとも、その答えはピッチの上に刻み込まれている。
提案の”本当の目的”はサッカーではなかった
なぜ今なのか。Financial Timesはこう報じている。今回の提案には、トランプとイタリアのジョルジャ・メローニ首相の間に生じた亀裂を修復するという政治的動機があった、と関係者が明かしている。亀裂の引き金となったのは教皇レオ14世だ。イランとの戦争をめぐりトランプがローマ教皇を公然と批判したことで、深くカトリック信仰と結びついたイタリアとの関係が冷え込んだという。
つまりザンポッリが「イタリアをW杯へ」と叫んだ背景には、サッカーへの純粋な情熱よりも、政治的な空気の読み合いがあったとみるのが自然だ。W杯の出場権が外交カードとして使われようとした瞬間、多くの人が言葉を失った。
戦火のなかのイラン代表
一方でイランの状況は、単純な「入れ替えの是非」では語れない深刻さをはらんでいる。
2026年2月28日、アメリカとイスラエルはイランへの空爆を開始した。イランはその後、自国チームの試合会場をアメリカからメキシコへ移すようFIFAに要請したが、FIFAはこれを拒否した。イラン代表の選手たちは、かつて自国と戦争状態にあった国の地で、W杯のピッチに立つことを求められている。
それでもイランはW杯出場の意志を失っていない。インファンティーノ会長は先週の「CNBCインベスト・イン・アメリカ・フォーラム」でこう断言した。「イランは確実に来る。彼らは自国の人々を代表するために来る。選手たちは本当に戦いたがっている。スポーツは政治から切り離されなければならない」。
これは単なる建前ではない。FIFA規程第6条には、出場国が辞退または除外された場合にFIFAが単独の裁量で代替国を選べると定められているが、その条件が発動する前提として「出場国の自発的な辞退か、FIFAによる正式な除外決定」が必要だ。現時点でどちらも起きていない。イランは出場権を持ち、出場の意思を持ち、そして国際的なルールに守られている。
イタリア自身が「NO」と言った
ザンポッリの提案が世界に広まった翌日、最も手厳しい拒絶の声が上がったのはイタリア国内だった。
イタリアのスポーツ大臣アンドレア・アボーディは即座に口を開いた。「まず実現不可能だ。そして何より不適切だ。出場権はピッチで勝ち取るものだ」。経済大臣ジャンカルロ・ジョルジェッティに至っては「恥ずかしい(shameful)」と一言で切り捨てた。名将ジャンニ・デ・ビアージ監督も「もしイランが不在になるなら、アジア予選の次点チームが入るべきだ」と言い、提案の非論理性を指摘した。
イタリアのサポーターもSNSで沸騰した。HuffPostの取材によれば、アッズーリファンの反応は「embarrassment(恥)」と「apathy(無関心)」が入り混じったものだったという。「またザンポッリか」という冷笑も飛んだ。
最も皮肉なのは、「イタリアをW杯へ」という提案を、イタリア人自身が拒絶した事実だ。
FIFAが動じない理由
FIFAはザンポッリの提案に対するコメントを「差し控えた」とし、インファンティーノの先の発言に言及するにとどめた。表向きの沈黙だが、メッセージは明確だ。
FIFAとトランプ政権の関係は表面上は良好に見える。インファンティーノはトランプの就任式にも出席し、W杯の開幕に向けて蜜月ぶりを演出してきた。だからこそ、インファンティーノが「イランは来る」と断言した言葉の重みは大きい。政治的圧力を受けながらも、FIFAのトップが「スポーツを政治から守る」原則を盾にした形だ。
FIFAのこの姿勢が本物かどうかは、今後のイラン情勢次第でより鮮明になる。しかしながら、少なくとも今この瞬間、FIFA規程は機能している。
ピッチの外で繰り広げられるゲーム
今回の「イタリア代入騒動」は、48チーム拡大を遂げた2026年W杯が、いかに巨大な政治・経済のうずの中にあるかを改めて浮き彫りにした。開催国アメリカの大統領特使が、予選を通過していない国の出場を推薦し、FIFAのトップに直接働きかける。このような動きが表面化すること自体、現代のW杯が純粋なフットボールの祭典だけでは語り切れなくなっていることを示している。
スポーツと政治の関係は、昔から複雑だった。1978年アルゼンチン大会では軍事独裁政権下での開催が問題視され、1980年のモスクワ五輪はアメリカ主導のボイコットに揺れた。しかし今回は異なる。政治がW杯の「参加国名簿」そのものに手を伸ばそうとした、という点において。
イランの選手たちは今、戦火の国から遠い地で練習を続けている。彼らが歩んできた予選の道のりを、外交的な取引で消し去ることができるのか。答えは、現時点では「No」だ。そしてその「No」はFIFAでも、アメリカ政府でも、どこか遠い政治の世界でもなく、「ピッチで出場権を勝ち取れ」と言い切ったイタリアの大臣たち、そしてアッズーリのファンたちが一番先に叫んでいた。

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