運命が変わった夜のハーフタイム
2025年11月29日、マンチェスター・シティのアウェイで迎えたハーフタイム。スコアは0-2。昇格初年度でいきなり強豪に叩きのめされているリーズのロッカールームで、ダニエル・ファルケ監督は大きな決断を下した。
4バックを捨て、5バック(5-3-2)にシステムを変える。一見すると守りを固める「降参の采配」に見えるかもしれない。だが実際はその逆だった。このハーフタイムの15分が、リーズの2025-26シーズンをまるごと変えてしまったのだ。
後半、リーズは2-2まで追いついた。最終的には3-2で敗れたが、この試合からチームは別物になった。以降、リーズはリーグ戦で約28ポイントを積み上げ、7試合不敗という記録を達成。この7戦不敗は2001年11月以来、24年ぶりにリーズがトップリーグで樹立した最長不敗記録だ。
田中碧、復活の条件
ただし、その「変貌したリーズ」の中で、田中碧は最初から主役ではなかった。
今シーズン前半、田中はスタメンに定着できずにいた。強力なライバルが揃っていた。ウェールズ代表主将のイーサン・アンパドゥ、約50億円(2600万ポンド)で加入したドイツ代表のアントン・シュタッハ。このふたりが中盤を占領し、田中がリーグ戦でスタメンを張れたのは4月時点でわずか7試合にとどまった。
転機は、シュタッハの負傷離脱だった。空いたポジションに、田中は飛び込んだ。
4月以降のリーグ戦でスタメンに定着すると、チームの勢いはさらに増した。以前から語られていたデータが、改めて注目を集める。リーズは田中碧がスタメンに名を連ねると勝率62%を記録する一方、不在時の勝率はわずか27%にとどまる。これは偶然の一致ではない。Total Football Analysisは田中を「ゴールの局面だけでなく、すべてのフェーズに関与する中央オーガナイザー」と評している。数字には表れにくいが、試合全体を設計する役割を担っているのだ。
アンパドゥとの二人三脚
田中が最もその真価を発揮したのが、アンパドゥとのダブルボランチだ。
5バックのシステムでは、2枚の中盤がコンパクトなブロックを守りながら、ボールを奪った瞬間に素早くカウンターを繰り出す必要がある。アンパドゥが「潰し役」として相手の攻撃を刈り取り、田中が「散らし役」として攻撃にスイッチを入れる。ふたりのコンビネーションが機能するたびに、リーズのカウンターは鋭さを増した。The Athleticは5月11日のトッテナム戦についてこう評した。「田中とアンパドゥの優れたコンビネーションがリーズのカウンターを牽引した」と。
わかりやすく言えば、アンパドゥが「守備の消火器」なら、田中は「攻撃への点火役」だ。このふたりがそろったとき、リーズの中盤は「守れて、速く攻められる」という現代フットボールの理想形に近づく。
引き分けで残留確定の夜
そして5月11日、トッテナム・ホットスパー・スタジアム。
田中碧がスタメンに名を連ねた試合で、リーズはPL残留を手繰り寄せた。50分、マティス・テルに右足でトップコーナーへ巻き込む見事なシュートを叩き込まれ先制を許した。しかし69分、テルが同じく先発していたリーズキャプテンのアンパドゥの顔面にオーバーヘッドキックを当ててしまう。主審は最初プレーを流したが、VARチェックと映像確認の末にPKが与えられた。
74分、カルバート=ルーインが力強くPKを沈め1-1。試合終盤は13分を超える長い追加時間となり、途中出場のロングスタッフがバーを叩くなどリーズが逆転ゴールに迫る場面もあった。だがスコアは動かず試合終了。この引き分けがリーズのPL残留を確定させるのに十分だった。
田中は90+3分まで戦い続け、ロングスタッフとの交代でピッチを後にした。パス成功率73.2%、キーパス2本。同点劇を生んだのはファルケ監督が投入したヌメチャとニョントの交代策だったが、流れを保ち続けたのは田中とアンパドゥの中盤だった。
残留に刻まれた田中碧の名前
今シーズンのリーズを語るとき、「ファルケの決断」という言葉は必ず出てくる。マンシティ戦でのシステム変更、そして強靭なメンタルで昇格初年度を戦い抜いたチームの団結。
だが同時に、「田中碧が戻ってきたから」という文脈も忘れてはならない。先発時の勝率62%、今季2ゴール、そしてアンパドゥと築いた中盤の秩序。目立つ活躍ではなくとも、チームが勝てる状態を維持するための仕事を黙々とこなしてきた。
今夏、田中の去就には移籍の噂も飛び交っている。だがいずれの道を選ぼうとも、2025-26シーズンのリーズのPL残留には、田中碧の復活劇が確かに刻まれている。W杯を前に、プレミアリーグで自らの価値を証明した。それだけで十分すぎる一シーズンだった。
