なぜアルテタのアーセナルは20年越しにCL決勝へ辿り着けたのか?

イングランド

アーセナルが最後にCL決勝に立った2006年、ロナウジーニョが躍動するバルセロナに敗れてから20年が経った 。その間、クラブはガナーズらしい美しいパスサッカーを追求しながら、結果として欧州の頂点からはるかに遠ざかっていた。

2026年5月5日、エミレーツスタジアムでアトレティコ・マドリードを1-0で下し、通算2-1で準決勝を突破した事実は、単なる「いい補強が実った」では説明がつかない 。アルテタが6年かけて遂行した「哲学そのものの転換」を理解しないと、なぜ今年のアーセナルだけが欧州でも勝てるのかが見えてこない。

哲学転換の3段階:何が、いつ変わったのか

アルテタのアーセナルを「ポゼッションチーム」と呼ぶのは、2024年以前の話だ。就任から現在までを振り返ると、明確に3つのフェーズに分けることができる。

第1フェーズ(2020〜21):守備の再構築。就任直後のアルテタが最初に着手したのは、攻撃の整備ではなく守備組織の再建だった。ポジショナルな形を徹底させることで守備時のコンパクトさを取り戻し、失点を減らすことが最優先事項だった。

第2フェーズ(2022〜24):ポゼッションの完成。2022-23シーズンにPL最多得点を記録し、2年連続でリーグ2位。この時期は「相手を押し込み、ポゼッションで支配し、サイドから崩す」というモデルが洗練されていた。ただし欧州の舞台では守備的ブロックを崩しきれないという限界が露わになっていた。

第3フェーズ(2024〜現在):縦への速度とセットプレーの特化。この転換こそが、今シーズンの欧州制覇につながっている。

データが示す「第3形態」の実態

最も雄弁なデータはセットプレーの得点数だ。2025-26プレミアリーグで、アーセナルはコーナーキックから17ゴールを記録し、プレミアリーグ史上最多記録を更新した 。これは単なる「コーナーが多い」ということではなく、アルテタ率いるコーチングスタッフがセットプレーをチームの「設計された得点源」として体系化した成果だ。試合が硬直した場合の打開策として、流れの中での崩しと並ぶ第二の武器に育て上げた。

守備面のプレッシング強度も同様に数値が物語る。PPDA(1回の守備アクションを起こすまでに相手に許すパス数)は10.05を記録し、リーグで2番目に低い値を示している 。この指標が低いほど積極的にボールを奪いに行っているということだ。アルテタのチームは相手陣内で早期にボールを奪い、セットした守備ブロックに対して攻撃を組み立てる「高い起点」を作り続けた。

最も見落とされがちな変化が「ダイレクトアタック(直接的な速攻)」の増加だ。自陣でボールを持ってから15秒以内に相手のペナルティエリアに到達する攻撃を、今季は90分あたり2.8回記録した。これはアルテタ就任以来で最高値であり 、攻撃パターンが「ポゼッションによる崩し」だけではなく「縦の速度による奇襲」も組み合わせた複合的なものへと進化したことを示している。

アトレティコ戦で実証されたこと

アトレティコ戦はこの「第3形態」の集大成と言える試合だった。シメオネが敷いた4-4-2のローブロック(守備時に自陣深くに2ラインを形成する戦術)は、相手に90分ポゼッションを与えても崩されないことを前提に設計されている。2024年以前のアーセナルであれば、この網に引っかかっていた可能性が高い。

しかし第2戦でアーセナルが機能させたのは、前半44分のサカのゴールに至るまでの「高プレッシング→ボール奪取→即カウンター」のシーケンスだった 。相手が守備ブロックを整える前にボールを前進させるこの展開は、PPDA10.05というプレッシング強度とダイレクトアタック2.8回という数値が示す「プレッシングの高度化」があってはじめて可能になるものだ。CL今季の失点数はわずか6。ポゼッション54%を保ちながら相手の攻撃機会を極限まで減らすこの数値は、チームが攻守両面で欧州水準に達していることを証明している 。

「手段としてのポゼッション」という概念の完成

ここで重要な反論にも触れておく必要がある。「アーセナルは結局ポゼッションチームではないか」という見方だ。実際にCL全試合のポゼッション平均は54%に達しており 、決して守備的なチームではない。

しかしこれこそが「第3形態」の核心だ。ポゼッションを「目的(美しいサッカーの追求)」から「手段(プレッシングの起点をつくり、縦の速度を生かすための構造)」に変えた。ポゼッションを高く保ちつつ、奪われた瞬間に高プレッシングで即時奪還し、奪った瞬間に速攻に転じる。この3段階のサイクルを90分維持できる選手を揃え、かつセットプレーという「確実な得点設計」を加えた。これが、かつての「美しいが脆い」チームと決定的に異なる点だ。

一部のアナリストが今季のアーセナルを「守備の堅固さにおいてモウリーニョ時代のチームに近い」と評するのも、強調点がポゼッションから「勝利のための設計」にシフトしたことを指している 。

アルテタの哲学転換が示すもの

アルテタが証明しつつあるのは、「哲学とは固定するものではなく、チームの成熟とともに進化させるものだ」という命題だ。ポゼッションを手放したわけではない。しかし、それだけでは勝てないという現実から目を逸らさず、プレッシング強度の数値化・セットプレーの体系化・縦への速度という3つの武器を順番に積み上げた。

20年間という時間は長い。しかし2026年のアーセナルが欧州の頂点を目前にしているのは、歴史のリベンジではなく「戦術的進化の必然的な帰結」として見るべきだ。

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