49年間、プレミアリーグという舞台を一度も離れたことがなかった。その記録が今季、本気で崩れかけた。
2026年5月24日、トッテナムはホームにエヴァートンを迎えた最終節で1-0の勝利を収め、プレミアリーグ残留を確定させた。ジョアン・パリーニャが前半43分に決めた「雑然としたゴール」が、クラブを地獄から救い出した。
パリーニャのゴール、試合の流れ
バックポストに走り込んだパリーニャがコーナーキックに合わせてヘッド。ボールはポストを直撃して跳ね返り、彼自身が素早く反応して左足で押し込んだ。GKジョーダン・ピックフォードが触れ、エヴァートンのベトがゴールライン上でクリアしようとしたが、わずかに間に合わなかった。
後半は緊張の連続だった。同時進行でウェストハムがリーズを3-0で圧倒しているというニュースがトッテナム・ホットスパー・スタジアムに次々と入ってくる。もしスパーズが追いつかれれば、全てが崩れる。しかし最後はGKアントニン・キンスキーがエヴァートン途中出場のタイリーク・ジョージの決定的なシュートを試合終了間際にスーパーセーブ。スタジアムは安堵と歓喜に包まれた。
最終的な順位は、トッテナムが17位で残留確定、ウェストハムが勝ち点39で18位となり降格確定。勝ち点差はわずか2点だった。
4人の監督、1シーズンの混乱全記録
なぜトッテナムはここまで追い詰められたのか。2025-26シーズンは、クラブ史上類を見ないほどの混乱の連続だった。
開幕前には、ポステコグルー前監督が退任。後任として招聘されたトーマス・フランクは2025年6月12日に就任したが、チームを立て直せないまま2026年2月11日に解任された。次に呼ばれたイゴール・トゥドールはわずか44日間の在任で、リーグでわずかな勝ち点しか積み上げられなかった。3月31日、クラブは最後の賭けに出た。ロベルト・デ・ゼルビ、5年契約での緊急就任だ。
Goal.comがこのシーズンを「50年ぶりの最悪成績」と記録し、インスタグラムのサッカーメディア・menace.comは「プレミアリーグ史上最もカオスでダークコメディ的な監督サーガ」と評した。
デ・ゼルビという賭け、降格条項なし
デ・ゼルビ就任の報を聞いた多くの人が首をかしげた。「なぜ今のタイミングで、あの戦術家を呼ぶのか」と。ブライトンで美しいポゼッションサッカーを確立した彼が、残り7試合・降格圏に沈むチームで何ができるのか。
だが、クラブとデ・ゼルビが交わした契約には驚くべき内容が含まれていた。降格しても契約解除できる条項が存在しない。つまり、もしチャンピオンシップに落ちても、彼はスパーズで昇格を目指すことになる。本人も明言した。「5年契約にサインした。降格しても残る」。
就任会見での言葉も印象的だった。「私はフランクやチューダーより優れているわけではない」と自ら語り、選手たちへの信頼を強調した。その後のESPNのインタビューで彼はこう打ち明けている。「選手たちは降格を恐れていた。それが一番の問題だった」。
恐怖心を取り除くことが、彼の最初の仕事だった。就任直後にデ・ゼルビが選手たちに課したのは、「ポステコグルー時代のサッカーを思い出せ」という指示だった。哲学的に対極にいると思われていた前々任監督のスタイルを参照点にする、という大胆な判断だ。
Optaが示した、残留への軌跡
デ・ゼルビが就任した3月末時点で、Optaのコンピューターが弾き出したトッテナムの降格確率は48.68%。ほぼコインフリップの状況だった。
転機は5月初旬に訪れた。5月2〜3日の週、ウェストハムがブレントフォードに3-0で敗れる一方、スパーズはアストン・ヴィラに2-1で勝利。この週末を境に、Optaの降格確率はトッテナム14.09%、ウェストハム85.91%と逆転した。
しかし最終節の前週、チェルシーに1-2で惜敗。残留を確定できず、全てを最終節に持ち越した。最終節が「エヴァートン戦で引き分け以上なら残留」という条件になったのは、この敗戦が原因だった。
パリーニャとは何者か
「スパーズを救った男」として記憶されるジョアン・パリーニャとは、どんな選手か。
ポルトガル代表のボランチで、バイエルン・ミュンヘンからのローンでスパーズに加入した守備的MFだ。背番号は6。今季はリーグ戦32試合に出場し4ゴール。守備の要として機能しながら、節目節目で得点を決める頼もしい存在になっていた。
実は今節だけでなく、デ・ゼルビ就任直後のウォルバーハンプトン戦でも決勝点を挙げており、「デ・ゼルビ体制の初勝利」と「残留確定」の両方のゴールを彼が決めたことになる。守備的MFでありながら、今季の正念場で2度チームを救った事実は、スパーズファンの間でしばらく語り継がれるだろう。
ESPNは彼のゴールを「スクラッフィー・ゴール(scruffy goal=雑然としたゴール)」と表現した。美しくはなかった。だが、その雑然さこそが今季のスパーズを象徴していたのかもしれない。
元レジェンドからのエール、ソン・フンミンの言葉
試合の前週、かつてスパーズのエースとして10年以上プレーし、現在はアメリカのLAFCに所属するソン・フンミンが英国メディアのインタビューでこう語っていた。「今季のトッテナムの試合は、できる限り見ています。もちろん時差の問題もありますが、ハイライトは必ずチェックしている。心から応援しています。チームには本当に頑張ってほしい。カム・オン・スパーズ!」。
彼がいた時代、スパーズがこれほど降格争いに巻き込まれることはなかった。その彼が遠くロサンゼルスから送り続けていたエールは、少なからず選手たちにも届いていたはずだ。
海外ファンの複雑な感情
残留確定の瞬間、r/coysでは「ようやく終わった」という投稿が相次いだ。喜びというより、長く続いた緊張からの解放。「ここ数週間で10年老けた」という声もあった。
RTÉ(アイルランド公共放送)は今回の残留をこう皮肉った。「スパーズは最終節まで引っ張るほど、実に親切に悪かった」。
一方、同日ウェストハムのスタジアムでは「魂を売ったのに、このクソスタジアムのために」というチャントがスタンドを包んだ。デクラン・ライスをアーセナルに売却した資金を有効活用できなかったクラブへの怒りだ。ウェストハムにとっては14年ぶりのトップフライト降格となった。
来季のスパーズはどこへ向かうのか
デ・ゼルビの5年契約は今後も続く。来季は残留争いではなく、欧州を目指す戦いとなるはずだ。しかしそれが本当に実現するかどうかは、今夏の補強と戦術の浸透次第だ。
ブライトンで彼が見せた美しいポゼッションサッカーをスパーズで再現できるか。降格候補だったチームを、どこまで引き上げられるか。「哲学者」と呼ばれる指揮官が、本当の意味でスパーズを変えるのはこれからだ。
残留は、ゴールではなくスタートライン。パリーニャの雑然としたゴールが引いた、新たな出発点

