横浜F・マリノスの16歳、三井寺眞がJ1デビュー戦でいきなりゴールを決めた。久保建英を抜くJ1歴代2位の年少得点。では、歴代最年少記録は更新されたのか。そして、横浜FMの新星はどのような選手なのか。
16歳・三井寺眞がJ1開幕戦で衝撃のゴール
2026/27シーズンの明治安田J1リーグ開幕戦で、いきなり大きなインパクトを残した若手がいる。
横浜F・マリノスの三井寺眞だ。
2026年8月7日、MUFGスタジアムで行われた鹿島アントラーズとの開幕戦。三井寺は16歳4カ月5日という若さでスターティングメンバーに名を連ねた。
そして開始からわずか7分だった。
右サイドを突破した近藤友喜がクロスを供給すると、ゴール前に入った三井寺が左足で合わせる。シュートはゴール左下へ決まり、横浜FMが先制した。
J1初出場、初先発、そして初ゴール。
しかも16歳である。
その後、横浜FMは鹿島との激しい打ち合いの末に3-4で敗れたため、三井寺の歴史的ゴールを勝利で飾ることはできなかった。それでも、2026/27シーズンのJ1開幕戦で最も強烈な印象を残した選手の一人となったことは間違いない。
注目すべきなのは、単純に「16歳がゴールした」という事実だけではない。
三井寺はこの試合で横浜FMの攻撃そのものに大きな影響を与えていた。
「J1最年少ゴール更新」ではない。森本貴幸が今も1位
三井寺のゴールをめぐって注意したいのが「J1最年少ゴール」という表現である。
結論から言えば、J1歴代最年少得点記録そのものは更新されていない。
Jリーグの記録によると、J1の年少得点記録上位は次のようになっている。
1位は森本貴幸の15歳11カ月28日。
2位が今回の三井寺眞で16歳4カ月5日。
3位が久保建英の17歳2カ月22日。
4位が徳田誉の17歳6カ月27日。
5位が稲本潤一の17歳7カ月1日である。
つまり三井寺が更新したのは久保が持っていた歴代2位の記録であり、森本の記録には届いていない。
それでも、久保の記録を約10カ月も上回ったことを考えれば、三井寺のゴールが極めて異例だったことは分かる。
同時に浮かび上がるのが、森本の記録の異常さである。
森本が東京ヴェルディ1969時代の2004年に樹立した15歳11カ月28日という記録は、20年以上が経過しても破られていない。
三井寺ほど早い段階でトップチームに入り、J1開幕戦でいきなり結果を出した選手でさえ、森本より約4カ月遅いのである。
三井寺の登場によって、逆に森本の記録がどれほど突出したものだったのかも改めて浮き彫りになった。
三井寺が本当に更新した「最年少記録」
一方で、三井寺が新しい最年少記録を作ったこと自体は事実である。
一つはJ1開幕戦における最年少先発記録だ。
さらに開幕戦、そして自身のJ1デビュー戦でゴールを決めた選手としても最年少となった。
つまり整理すると、「J1歴代最年少得点者」になったわけではないが、「J1開幕戦の最年少先発・最年少得点」という歴史的な記録を作ったことになる。
しかも重要なのは、話題作りのために数分間出場したわけではないことである。
三井寺は最初からスタメンとして起用された。
16歳の選手を開幕戦、それも鹿島という強豪との試合で先発させることは簡単な判断ではない。
スティーブ・コリカ監督が年齢ではなく、戦力として三井寺を評価していたことを示す起用だったと言える。
そして三井寺は、その期待に開始7分で応えてみせた。
1得点だけではない。横浜FMの3ゴールすべてに関与
鹿島戦における三井寺の評価を「最年少記録」だけで終わらせてはいけない理由がある。
横浜FMが記録した3ゴールすべてに三井寺が関わっているからだ。
まず7分、自ら決めた先制点。
続いて18分の場面では、鹿島の日本代表DF植田直通をかわして天野純へボールをつなぐ。その後の展開からクロスが入り、谷村海那のゴールが生まれた。
さらに58分の3点目でも三井寺が攻撃の起点となり、天野を経由して谷村の得点へとつながった。
公式記録上では三井寺の数字は1得点である。
しかし、実際の試合内容を見ると数字以上に攻撃への貢献度は高かった。
特に興味深いのが、三井寺が単純なドリブラーではないことである。
若いアタッカーというと、スピードやドリブルで一対一を仕掛けるイメージが先行しやすい。
もちろん三井寺にもドリブルという武器がある。
だが鹿島戦では、自分で仕掛けるのか、味方を使うのか、スペースへ走るのかを選択する場面が目立った。
16歳という年齢以上に注目すべきなのは、この判断の部分なのかもしれない。
三井寺眞とは何者か。16歳0日で横浜FMとプロ契約
三井寺は2010年4月2日生まれ、青森県出身。身長174センチ、体重65キロで、JリーグではMFとして登録されている。
育成年代の経歴も興味深い。
Jクラブのジュニアユースからそのままトップチームまで昇格した、いわゆる典型的なアカデミー育ちではない。
中学年代ではFCフォーリクラッセ仙台でプレー。その後、横浜F・マリノスユースへ加入し、評価を急速に高めていった。
そして2026年4月2日、16歳の誕生日に横浜FMとプロ契約を締結した。
16歳0日での契約はクラブ史上最年少だった。
この時点ですでに横浜FMが三井寺を将来性の高い選手として評価していたことが分かる。
さらに年代別日本代表にも選出されている。
U-16日本代表では前線の選手としてプレーし、2026年6月のU-16インターナショナルドリームカップではフランス戦でゴールも記録した。
そしてプロ契約から約4カ月後には、J1のピッチで鹿島を相手にゴールを決めた。
育成年代で注目されている選手という段階から、一気に「J1で結果を残した選手」へと立場を変えたのである。
ドリブルだけではない三井寺の強み
三井寺の特徴を考える上で、鹿島戦でのポジションも重要である。
この試合では4-4-2の左サイドハーフとして起用された。
若手アタッカーにとって、サイドハーフは単純に攻撃だけをしていればいいポジションではない。
相手サイドバックへの対応や自陣への帰陣、味方との距離を保ちながら守備ブロックを形成する仕事も求められる。
三井寺はそうした役割をこなしながら、攻撃ではゴール前へ進入した。
先制点も象徴的だった。
自分がボールを持ってドリブル突破したのではなく、右サイドで近藤が突破した瞬間にゴール前へ入っている。
ボールを持っていない時にどこへ動くか。
これはゴール数を増やしていく上で非常に重要な能力である。
さらに味方を使ったプレーからも得点機を生み出した。
自分で突破する能力と、周囲を使って攻撃を前進させる能力。その両方を見せたことが、鹿島戦の内容を単なる「16歳のラッキーな初ゴール」で終わらせない理由である。
課題はフィジカルと90分を戦う力
もちろん、1試合だけで将来を断定することはできない。
三井寺本人もプロのレベルで感じた課題を認識している。
特にフィジカルや球際の強さだ。
育成年代では技術やスピードで突破できた場面でも、J1では身体能力の高いDFが簡単には自由を与えてくれない。
鹿島戦でも三井寺は61分で交代しており、試合中には足をつっている。
16歳の選手にとって、トップカテゴリーの強度で90分間プレーし続けるための身体作りはこれからだ。
だからこそ、次に注目すべきなのは最年少記録ではない。
J1の試合に継続して出場できるかどうかである。
若手選手の場合、鮮烈なデビューを飾った後に相手から研究されることも珍しくない。
鹿島戦で三井寺の特徴を見た相手は、今後より強く身体を当てたり、得意な方向を消したりして対応してくる可能性がある。
そこでどのようにプレーを変化させられるか。
本当の勝負はここから始まる。
森保監督も現地視察。16歳の「次」が重要になる
鹿島戦には日本代表の森保一監督も足を運んでおり、三井寺のパフォーマンスを高く評価している。
ただし、これをすぐにA代表入りへ結び付けるのは早い。
三井寺はまだ16歳であり、まずは横浜FMでどれだけ継続的に試合へ出られるかが重要になる。
それでも、U-16日本代表で結果を残し、J1デビュー戦でも鹿島を相手にゴールを決めた事実は大きい。
日本サッカーにとっても、今後数年間追いかける価値のある存在になった。
そして三井寺の登場によって、もう一つ注目される記録がある。
森本貴幸が持つ15歳11カ月28日というJ1歴代最年少得点記録だ。
三井寺は久保建英を抜いた。それでも森本には届かなかった。
20年以上前に作られた記録が、現在でもJ1の頂点に残っていること自体が驚異的である。
一方、三井寺にとって重要なのは森本の記録に届かなかったことではない。
16歳4カ月5日でJ1のピッチに立ち、鹿島を相手にゴールを決め、さらに他の2得点にも絡んだことである。
「最年少」という肩書は時間が経てば使えなくなる。
その後に残るのは、選手としてどれだけ成長したかだ。
久保を抜いてJ1歴代2位に入った16歳が、このゴールをキャリアのスタート地点にできるのか。
三井寺眞の次の一歩に注目したい。

