佐藤龍之介がスペインの名門バレンシアへ移籍した。19歳でJリーグからラ・リーガへ直接挑戦する大きなステップアップだが、現在のバレンシアを詳しく見ると、佐藤にとっては単に難易度が高いだけの移籍ではない。むしろ若手がポジションを奪う余地があり、その特徴もチームが求めるサッカーと噛み合う可能性がある。
佐藤龍之介がスペインの名門バレンシアへ
バレンシアは2026年7月7日、FC東京から佐藤龍之介を完全移籍で獲得したことを正式発表した。契約期間は2031年までの5年間。男子トップチームでプレーする日本人選手としてはクラブ史上初となる。
19歳の佐藤にとって、Jリーグから世界最高峰の一つであるラ・リーガへの直接移籍は大きな挑戦である。
しかし、今回の移籍は単純な将来への投資とも言い切れない。
バレンシア公式は佐藤について、左から中央へ入る形だけでなく、右サイドや中央の攻撃的な位置でもプレーできると紹介。スピード、連係能力、狭いスペースで相手をかわす技術を特徴として挙げている。
2025年にファジアーノ岡山でJ1ベストヤングプレーヤー賞を受賞すると、FC東京へ戻った2026年は移籍までに公式戦19試合で6得点1アシスト。U23日本代表でもAFC U23アジアカップ優勝に貢献し、大会MVPと4得点での得点王を獲得した。
日本の有望株というだけではなく、即戦力として欧州へ送り出されても不思議ではない実績を積んでの移籍である。
バレンシアとはどんなチームなのか
現在の順位だけを見れば、バレンシアをスペインの中堅クラブだと考える人もいるかもしれない。
しかし歴史的には、明確にスペインを代表する名門の一つである。
1919年創設のバレンシアはラ・リーガを6度、コパ・デル・レイを8度制覇。2000年と2001年には2シーズン連続でチャンピオンズリーグ決勝へ進出した。ラファエル・ベニテス監督時代の2003-04シーズンにはラ・リーガとUEFAカップを同時に制し、欧州屈指の強豪として存在感を示した。
ダビド・ビジャ、ダビド・シルバ、ガイスカ・メンディエタ、パブロ・アイマールなど、多くの名選手がプレーしてきたクラブでもある。
そしてクラブを象徴するのが本拠地メスタージャだ。
1923年から使用されている歴史的なスタジアムで、ピッチと観客席の距離が近く、急勾配のスタンドから大きなプレッシャーがかかる。ホームチームにとって強力な武器になる一方、結果を残せなければ自軍の選手にも容赦なく厳しい声が飛ぶ。
佐藤が加入したのは、そうした重圧を持つクラブなのである。
ただし現在のバレンシアは「再建中の名門」
重要なのは、2000年代のバレンシアと現在のバレンシアを同じ強さだと考えないことである。
近年はチャンピオンズリーグ常連だった時代から後退し、欧州カップ戦からも遠ざかっている。
2025-26シーズンは終盤に大きく巻き返した。最後の4試合ではアスレティック・ビルバオ、レアル・ソシエダ、バルセロナから勝利を挙げ、最終節では王者バルセロナを3-1で撃破。それでも最終順位は9位となり、欧州大会出場権には届かなかった。
つまり現在のバレンシアは、「クラブの格は極めて大きいが、戦力は完成されていない」というチームである。
これは佐藤にとって重要なポイントになる。
もし移籍先がレアル・マドリードやバルセロナのように世界トップクラスのアタッカーを何人も抱えるクラブなら、19歳の新加入選手がリーグ戦の出場時間を確保すること自体が難しい。
一方のバレンシアは、欧州復帰を目指してチームを組み直している段階にある。
競争は当然激しい。それでも絶対的なスターによってすべてのポジションが固定されているわけではない。結果を残せば若手にも序列を変える機会がある。
「名門への移籍」でありながら「試合に出る可能性も残されている」。このバランスこそ、佐藤にとってバレンシアを魅力的な移籍先にしている。
バレンシアが評価したのは「一つのポジションに縛られない能力」
佐藤がバレンシアで生き残るうえで最大の武器になるのが、ポジションの幅である。
佐藤は典型的なタッチライン際のウインガーではない。
左サイドから中央へ入ることができ、右でもプレーできる。さらにトップ下やインサイドハーフに近い位置でボールを受け、味方と連係しながら攻撃を前進させることもできる。
バレンシアも獲得発表の段階で、この「複数の位置をこなせること」を明確に長所として挙げている。
これは長いシーズンを戦ううえで非常に大きい。
例えば左サイドのレギュラー争いに敗れたとしても、それだけで出場機会がなくなるわけではない。右サイド、中央、試合途中のシステム変更など、別のルートからピッチに入れるからだ。
特にカルロス・コルベラン監督のチームでは、攻撃の選手にもボールを持っていない時間の働きが求められる。
単にドリブルで一人を抜けるかではなく、味方との距離を保ち、空いたスペースへ入り、ボールを失えばすぐ守備へ切り替える能力が重要になる。
佐藤の万能性は、まさにそこで生きる可能性がある。
プレシーズン初戦でいきなりゴール
その可能性を早速示したのが、7月22日に行われたエルデンセとのプレシーズンマッチだった。
佐藤は先発すると、22分にペナルティーエリア外から強烈なシュートを決め、バレンシアでの初ゴールを記録した。
さらにその後には左からボールを運んでシュート。ボールは相手選手に当たってポストを直撃し、そのこぼれ球からヘスス・バスケスの得点が生まれた。
バレンシアは3-0で勝利。クラブ公式も佐藤について、攻撃だけでなくボールを失った直後のプレスで積極的に動いていたことを取り上げている。
この「守備の部分」はゴール以上に注目していいかもしれない。
欧州へ移籍した攻撃的な日本人選手が試合に出られなくなる理由として、しばしば問題になるのが守備である。
攻撃では技術を見せられても、監督が要求するプレスの方向や戻る位置を守れなければ、接戦では使いづらい。
佐藤は少なくともプレシーズン初戦から、ボールロスト後の切り替えに参加している。
続く7月25日のカステリョン戦でも、バレンシア公式は試合序盤のチャンスが佐藤とハビ・ゲラから生まれたと伝えている。チームは1-2で敗れたが、佐藤がトップチームの中で継続的に起用されていること自体はプラス材料である。
プレシーズンの得点だけでラ・リーガでの成功を予測することはできない。
それでも新しい国、新しいクラブ、新しいチームメートという環境に入った19歳が、最初の段階で攻撃へ絡めている意味は小さくない。
ラ・リーガで最大の壁になるのは「判断の速さ」
佐藤について語るとき、171センチ前後という体格から「フィジカル面で通用するのか」という疑問は出てくる。
もちろん強度への適応は必要になる。
しかし、ラ・リーガでより重要になるのは単純な身体の大きさではなく、プレーを決めるまでの速さだろう。
Jリーグではボールを受けてから相手を見て、次のプレーを選べた場面でも、スペインではその時間を与えてもらえない可能性がある。
ボールが来る前に周囲を見る。
ファーストタッチで相手から離れる。
次にどこへパスするかを受ける前から決めておく。
こうした判断の連続が必要になる。
その意味で、バレンシアが佐藤の「狭いスペースで相手をかわす技術」と「連係能力」を評価しているのは興味深い。
スペインでは単純な走力や身体能力だけではなく、狭い場所で味方とボールを共有する技術が重視される。
佐藤はスピードを生かして縦へ突破するだけの選手ではなく、中央で細かくボールを動かしながら前を向ける。その性格はラ・リーガとの相性を考えればプラスである。
久保建英とは違う形でスペインに適応できるか
若い日本人アタッカーがラ・リーガへ移籍すれば、久保建英との比較は避けられない。
小柄で技術があり、10代から日本代表に入り、若くしてスペインへ渡ったという共通点もある。
しかし佐藤が久保とまったく同じ道を歩く必要はない。
久保はボールを持ったときの創造性や1対1、ラストパスで違いを作る色が強い。一方の佐藤は、中央とサイドを行き来する運動量や、味方との連係、ボールを失った後の切り替えも含めて価値を作れるタイプである。
つまり「エースとしてボールを集められなければ何もできない選手」ではない。
これは欧州挑戦の初期段階では大きなメリットになる。
最初から攻撃の中心になる必要はない。守備、プレス、ポジショニングで監督の信頼を得て10分、20分の出場時間を確保し、そこで得点やアシストを重ねればいい。
若手が海外で成功するためには、能力そのものと同じくらい「試合に入る入口を何個持っているか」が重要である。
佐藤はその入口を比較的多く持った選手だ。
佐藤龍之介はバレンシアで活躍できるのか
では、佐藤は本当にバレンシアで活躍できるのか。
現時点で「レギュラーになれる」「ラ・リーガで成功する」と断定するのは早い。
プレシーズンと公式戦では試合の強度も違う。シーズンが始まれば、毎週のように世界トップレベルの選手と対戦することになる。調子を落とした時期や、戦術的に出番を失う期間も出てくるだろう。
それでも、条件は悪くない。
5年契約で獲得され、クラブから複数ポジションでの能力を評価されている。トップチームのプレシーズンに入り、初戦からゴールを記録した。さらに得点だけでなく、プレスや連係にも参加できている。
そして何より、現在のバレンシアは「名門でありながら再建途上」である。
レギュラーが完全に固定された完成チームではない。チャンピオンズリーグ復帰を目指して、新しい戦力が序列を変えていく必要があるチームだ。
佐藤にとって現実的なのは、開幕から絶対的な主力になることではないだろう。
まずは左、右、中央の複数ポジションでローテーションに入り、途中出場を含めてリーグ戦の出場時間を積む。そして短い時間でも攻守に存在感を出し、徐々に先発機会を増やしていく。
その過程を踏めれば、バレンシアは佐藤にとって非常に面白いクラブになり得る。
歴史の重みは大きい。しかし現在は若手が割って入る隙もある。
19歳の佐藤龍之介にとって、これほど挑戦の大きさとチャンスが同居した移籍先は、むしろ理想に近いのかもしれない。

