マンチーニがイタリア代表監督復帰 アズーリ復活を託された理由

イタリア

ロベルト・マンチーニがイタリア代表監督に復帰した。欧州王者に導いた実績だけでなく、ワールドカップ予選敗退と突然の辞任も経験した指揮官に、低迷するアッズーリの再建が託される。

4年契約で始まる第2次マンチーニ政権

イタリアサッカー連盟(FIGC)は2026年7月28日、マンチーニの代表監督就任を正式発表した。2018年5月から2023年8月まで率いた第1次政権に続き、今回が2度目の就任となる。

同時に、クラウディオ・ラニエリがFIGCのテクニカルディレクター兼クラブ・イタリア会長に就任した。ジョバンニ・マラゴFIGC会長は、監督選定を共有できる人物としてラニエリを招き、そのうえでマンチーニを新監督に選んだと説明している。

マンチーニは就任会見で、契約期間が4年間であることを明らかにした。目標として挙げたのは、UEFAネーションズリーグでチームを立て直し、EUROへの出場権を獲得したうえで、2030年ワールドカップへ進むことである。

単なる短期的な立て直しではない。FIGCはマンチーニに、次のワールドカップ周期を見据えた代表チームの再設計を任せた形だ。

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W杯3大会連続不出場という異常事態

今回の監督交代を理解するには、イタリア代表が置かれている状況を確認する必要がある。

イタリアは2026年ワールドカップ欧州予選のプレーオフでボスニア・ヘルツェゴビナに敗れ、2018年、2022年に続いて3大会連続で本大会出場を逃した。敗退後にはジェンナーロ・ガットゥーゾ監督が退任し、代表組織の再編が進められた。

ワールドカップ優勝4度を誇る国が、12年間にわたって本大会に出場できない。これは一時的な不調ではなく、選手育成、クラブでの出場機会、代表チームの戦術、FIGCの運営を含む構造的な問題である。

マラゴ会長は、イタリアがワールドカップの決勝トーナメントを約20年間戦っていない現実を指摘した。最後に決勝トーナメントへ進んだ2006年大会では優勝しているが、その後は2010年と2014年にグループステージで敗退し、続く3大会には出場さえできていない。

その危機に対し、FIGCが選んだのが、代表チームで成功と失敗の両方を経験したマンチーニだった。

EURO優勝と37試合無敗を築いた実績

マンチーニの最大の功績は、EURO 2020優勝である。

2018年に就任した当時のイタリアは、同年のワールドカップ出場を逃した直後だった。マンチーニは代表メンバーを入れ替え、従来の守備的なイタリア像とは異なるチームを構築した。

基本布陣は4-3-3。中盤に技術の高い選手を配置し、後方からボールをつなぎながら主導権を握る。ボールを失った後には素早く奪い返し、相手陣内で攻撃を続けるスタイルを定着させた。

その結果、イタリアは2018年10月から2021年7月まで37試合連続無敗を記録。ウェンブリーで行われたEURO決勝ではイングランドを破り、1968年以来となる欧州制覇を達成した。

FIGCの公式集計によれば、第1次政権のマンチーニは61試合を指揮して37勝を記録した。代表監督としての試合数と勝利数はいずれも、ビットリオ・ポッツォ、エンツォ・ベアルゾットに続くイタリア歴代3位である。UEFAネーションズリーグでも2度の3位に入った。

今回の再任が成立した最大の理由は、この再建実績にある。マンチーニはすでに一度、ワールドカップ予選敗退で自信を失った代表チームを立て直し、国民が支持するチームへ変えた経験を持つ。

2022年W杯予選敗退と突然の辞任

ただし、第1次政権を成功だけで評価することはできない。

欧州王者となったイタリアは、2022年ワールドカップ欧州予選で苦戦した。グループ2位でプレーオフへ回ると、北マケドニアとの準決勝で終了間際に失点。0-1で敗れ、2大会連続の本大会不出場となった。

当時のマンチーニは続投したが、2023年8月に突然辞任した。FIGCからU-21代表やU-20代表を含む幅広い権限を与えられた直後であり、その数日後にはサウジアラビア代表監督へ就任したため、イタリア国内では強い反発が起きた。

今回の会見でマンチーニは、当時のガブリエレ・グラヴィーナ会長とのコミュニケーションが不足していたと説明し、代表を離れた判断への後悔を認めた。

そして、良いサッカーを見せることでサポーターから再び支持されたいとの考えを示している。マンチーニに必要なのは、勝利だけではない。2023年の辞任によって損なわれた信頼を取り戻すことも、第2次政権の重要な仕事となる。

混乱した監督選びの末に決まった復帰

マンチーニは当初から唯一の候補だったわけではない。

ロイターによると、FIGCはまずペップ・グアルディオラの招聘を検討したが、交渉は成立しなかった。その後、テクニカルディレクターだったパオロ・マルディーニらはアンドレア・ピルロを候補に推したものの、ロシアのブックメーカーとの商業的関係が問題視され、就任案は白紙になったと報じられている。

ピルロ案が実現しなかった後、マルディーニとアドバイザーを務めていたレオナルドはFIGCの役職を辞任した。これらはFIGCの就任発表で詳細に説明された公式経緯ではなく、海外主要メディアによる報道として区別する必要がある。

結果としてFIGCは、未知の可能性よりも代表監督として結果を残した経験を優先した。マンチーニの起用には一定の合理性がある一方、混乱した選考過程の末にたどり着いた人事という側面も否定できない。

だからこそ、過去の成功を再現するだけでは評価されない。マンチーニには、なぜ自分が再び選ばれたのかをピッチ上で証明する責任がある。

ラニエリとの二層体制が再建の核心

今回の体制でマンチーニと同じほど重要なのが、ラニエリの存在である。

両者の役割は明確に分けられている。マンチーニがA代表の選手選考、戦術、試合結果を担当し、ラニエリは育成年代を含む代表組織全体の技術方針や選手育成を管理する。

ラニエリは、イタリアサッカーの大きな問題として、U-21年代からクラブのトップチームへ進む段階を挙げた。育成年代では戦術的に完成度の高いチームをつくれる一方、若手がセリエAなどで継続的な出場機会を得られず、A代表へつながる選手が少なくなっているという認識である。

さらにラニエリは、育成年代で戦術を教えすぎる一方、ボールコントロール、ドリブル、1対1といった個人技術の育成が不足していると指摘した。サッカースクールの費用が高く、子どもが競技を始めにくい環境についても調査する方針を示している。

代表監督を交代しても、選べる選手が増えなければ根本的な問題は解決しない。マンチーニが目の前の試合を担当し、ラニエリが代表へ選手を供給する仕組みを整える。今回の人事は、その二層構造によって再建を進める計画である。

4-3-3への回帰より選手への適応が必要

戦術面では、EURO優勝時の4-3-3を再導入するかが注目される。

しかし、マンチーニ本人は就任会見で、選手の特徴に合わないシステムを使うべきではないとの考えを示した。技術のある選手を重視する基本方針は変えないものの、布陣を先に決めるのではなく、起用できる人材から戦い方を組み立てる方針である。

第1次政権の成功は、4-3-3という数字だけで生まれたものではない。中盤の選手が短い距離でパスを交換し、サイドバックが攻撃に加わり、前線の選手が連動してプレスをかけることで、チーム全体がコンパクトに動いていた。

一方、ワールドカップ予選敗退時には、ボールを保持しても相手の守備を崩せず、得点が必要な試合で攻撃が単調になる問題が表れた。第2次政権では、過去の成功モデルをそのまま復活させるのではなく、現在のセンターフォワードや中盤、センターバックの特徴に合わせた修正が必要となる。

またマンチーニは、U-18からU-21までの各代表が共通するシステムで戦う必要性にも言及した。年代別代表とA代表の戦術的な接続を強め、若手が昇格した際に適応しやすくする狙いである。

ネーションズリーグが最初の試金石

マンチーニの復帰初戦は、2026年9月25日にローマで行われるUEFAネーションズリーグのベルギー戦となる。グループにはフランス、ベルギー、トルコが入り、再建開始直後から難しい相手との試合が続く。

マンチーニは、この大会を現在地を把握する機会と位置づけている。4年間の契約があるとはいえ、代表監督にはクラブ監督のような長い準備期間は与えられない。限られた活動日数の中で選手を選び、戦術を整理し、結果を出す必要がある。

マンチーニの復帰は、単純な英雄の帰還ではない。EURO優勝をもたらした監督であると同時に、2022年ワールドカップ出場を逃し、2023年に代表を突然去った当事者でもある。

成功と失敗の両方を知る指揮官が、ラニエリとともにイタリアサッカーを立て直せるのか。第2次マンチーニ政権の評価は、過去の実績ではなく、2030年ワールドカップへ続く新しいチームをつくれるかによって決まる。

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