「エルリング・ハーランド対キリアン・エムバペ」——世界中のサッカーファンが心待ちにしていた頂上決戦は、ついに実現しなかった。2026年FIFA北中米ワールドカップ(W杯)グループI最終節、ノルウェー対フランスは1-4でフランスが快勝。しかしこの試合の主役はエムバペでもハーランドでもなく、前半32分でW杯史上2番目に速いハットトリックを記録したバロンドール受賞者ウスマン・デンベレだった。
夢の対決はハーランドベンチで実現なし
グループIは最終節を前にフランス、ノルウェーともに2連勝で決勝トーナメント進出を確定させていた。試合前から話題をさらっていたのは「エムバペvsハーランド」の構図だ。世界最高峰の2人が同じピッチに立つと誰もが思っていた。
しかしノルウェーのスタオレ・ソルバッケン監督は、エルリング・ハーランドとマルティン・ウーデゴールを含む先発10人を入れ替えるという大胆な決断を下す。ハーランドとウーデゴールはベンチにも名を連ねたが、試合に登場することはなかった。「主力を休ませなかった唯一の理由があるとすれば、ファンがエルリングとマルティンのプレーを見たかったということだ。しかしそのためにワールドカップを短くするわけにはいかない。できる限り遠くまで進むことが目標だ」——ソルバッケン監督はこう言い切った。
ハーランド自身も試合前、米Fox Sportsの取材に対し「正直、あの試合はそんなに気にしていない。フランスはおそらく俺たちに勝つし、たぶんトーナメント全体を制するだろう」と率直に語っており、ノルウェー全体が次の決勝トーナメントに視線を向けていたことは明らかだった。
7分、20分、32分——デンベレが前半に歴史を刻む
主役がいなければ、別の主役が生まれる。フランスにとってその男こそ、ウスマン・デンベレだった。
7分、エムバペが左サイドからボールを展開すると、デンベレが受けて切り返し、右足で鮮やかにサイドネットへ突き刺す。1-0。
20分、再びエムバペからのパスを中央で引き出したデンベレが、今度は左足でゴール左隅へ流し込んだ。2-0。ノルウェーは直後の21分、テロ・アースゴールが1点を返し2-1と追い上げたが、フランスの勢いを止めるには至らなかった。
32分、デンベレはペナルティーエリア右サイドで相手ディフェンダーと巧みに駆け引きし、コースを作ると左足で3点目を沈めた。キックオフから32分でのハットトリック完成。ボストン・スタジアムに詰めかけたファンが総立ちになった。後半アディショナルタイム90+4分にはデジレ・ドゥエがトドメの4点目を決め、試合は4-1でフランスが快勝した。
W杯史上2番目の速さ——32年ぶりの前半ハットトリック
デンベレが刻んだ記録の重さは、単なる「ハットトリック」という言葉では語り切れない。
キックオフからわずか32分でのハットトリックは、W杯の歴史上2番目に速い記録だ。1位は1954年スイス大会でオーストリアのエーリヒ・プロプストが対チェコスロバキア戦でマークした24分で、デンベレはその記録には届かなかったものの、それ以外の全選手を上回ったことになる。
また前半中に3ゴールを完結させた「前半ハットトリック」は、1994年アメリカ大会でロシアのオレグ・サレンコが達成して以来、実に32年ぶりの快挙だ。フランス人選手としてはW杯史上最速のハットトリックでもある。さらに言えば、フットボール史上で最も多くのゴールを記録したリオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドのどちらも成し遂げられなかった「W杯での前半ハットトリック」を、デンベレはやすやすと達成してみせた。
今大会でのハットトリック達成は、メッシ(アルゼンチン)、ジョナサン・デービッド(カナダ)に続きデンベレで3人目。グループステージからこれほど歴史的なパフォーマンスが続くのは、今大会の攻撃力の豊かさを象徴している。
エムバペは”演出家”に——チームとしての破壊力
デンベレの独り舞台のように見えて、その陰にはエムバペの存在があった。1点目と2点目のいずれもエムバペが直接関与しており、この試合は2アシストを記録した。今大会でエムバペがゴールを奪えなかったのはこの試合が初めてだが、W杯通算17試合16得点4アシストのキャプテンが「引き立て役」に徹した事実は、フランスの層の厚さを如実に示している。
グループ3試合の合計は10得点・3戦全勝・勝ち点9。「エムバペ頼み」という試合前のイメージを覆し、デンベレ、ドゥエ、そしてシステム全体が機能する「チームとしての破壊力」が、この試合で世界に向けて証明された。試合後にデンベレは「全ての試合に勝ちたい。でも自分のベストパフォーマンスはまだここではない」と語っており、英The Athleticは「Are they going to win the World Cup?(彼らはW杯を制するのか?)」と問いかけた。
バロンドール王者、W杯で真価を証明
2024-25シーズンにバロンドールを受賞したデンベレにとって、このW杯は実力を証明する大舞台だ。パリ・サンジェルマン(PSG)では長年「ムラがある天才」というイメージがつきまとっていたが、今大会ではここまで4得点を挙げ(イラク戦1点・ノルウェー戦3点)、ゴールデンブーツ争いの有力候補としても浮上してきた。
フランス代表でもエムバペの”相棒”として定着したデンベレは、今大会でそれ以上の輝きを放ちつつある。海外メディアの評価は軒並み高く、ABCオーストラリアは「デンベレは時間と空間を操り、フランスのW杯優勝への機運を高めた」と評している。
ノルウェーの”賭け”——合理的判断か、ファンへの裏切りか
4-1という数字だけを見ればノルウェーの完敗だが、ソルバッケン監督の視点からすれば許容範囲内の結果とも言える。2位通過でもラウンドオブ32(決勝トーナメント1回戦)への進出は確定しており、次戦の相手はコートジボワール。ハーランドとウーデゴールを温存した状態でそこに臨める。
この采配はかつてカタール大会でディディエ・デシャン監督がグループ最終節にエムバペ、グリーズマン、デンベレを休ませた戦略を参考にしたとも伝えられる。体力管理と怪我リスク回避を優先する姿勢は戦術的には合理的だが、W杯の大舞台でハーランドとウーデゴールを見たかったファンの失望は大きく、SNSや海外メディアでは賛否が割れている。
ハーランドはこの試合ノーゴールのまま終え、ゴールデンブーツ争いへの影響も避けられなかった。「エムバペvsハーランド」という最大の注目カードが実現するとすれば、それは決勝トーナメントまで持ち越しとなる。フランスとノルウェーが異なる山で勝ち上がれば、準決勝あるいは決勝で夢の顔合わせが実現する可能性は残っている。グループIを舞台にした「デンベレの夜」は、同時に2人の超大物による”先送りされた約束”でもあった。

